「中国共産党と結託した巨大な秘密結社が動いた」のウソ

安田峰俊『八九六四 完全版』(角川新書)

【安田】誤解といえば、2019年7月に香港デモを妨害した「三合会」(『八九六四 完全版』参照)についても、日本では「中国共産党と結託した巨大な秘密結社が動いた」と伝える声がありました。

ただ、実は広東語で「三合会」は黒社会全般を指す一般名詞で、「ヤーさん」くらいの意味でしかない。余談ながら、中華圏では同じく「山口組」という単語も日本のヤクザ全般を指す一般名詞です。どちらも特定の組織を指してはいません。

【岡本】史料・歴史に登場する「天地会」や「白蓮教」もそれに近いところがあり、官憲目線からの一般名詞に近い呼称と言っていい。現在の中国の物事についても、中国当局の官憲のバイアスのみならず、西側の外国人(=日本人)や近代人の目線によるバイアスもあると意識する必要があります。トンデモ説や陰謀論にしても、こうしたバイアスや対象への無理解から生まれるわけですから。

なぜ中国は陰謀論の対象にされるのか

【安田】過去の例を調べると、国家や民族を対象とした陰謀論は2種類ありそうです。ひとつは「弱い相手」の陰謀論。これは差別感情がベースにある妄想で、たとえばユダヤ陰謀論や一部の移民排斥論などが該当します。日本で「在特会」などが主張していた在日コリアン陰謀論もこのたぐいですね。弱いはずのマイノリティが実は集団で群れて、こっそりと悪いことをたくらんでおり、マジョリティの社会を乗っ取るという言説です。

東洋史出身の中国ルポライター・安田峰俊氏

【岡本】なるほど。弱いから群れてコソコソ「陰謀」に走る、というわけで、さきほどの「秘密結社」の国家・民族版というところでしょうか。もうひとつはどうなりますか?

【安田】アメリカなり多国籍企業なり、往年のナチスやソ連なりの「強い相手」が対象の陰謀論です。「あれだけ強い連中だから、裏でもっと怖いことをしているに違いない」というわけです。エイズやエボラ出血熱はアメリカが開発した生物兵器だ、ビル・ゲイツはコロナワクチンに謀略を仕掛けている、テトリスの流行は西側の生産性を落とすためのソ連の陰謀だ……といったものが好例でしょう。