にもかかわらず、情報漏洩などの不祥事は後を絶たない。少し前では2015年の日本年金機構の個人情報125万件流出事件、直近では5月21日に発覚した婚活アプリ「Omiai」の会員171万人分の運転免許証画像データ流出事件。「LINE」の利用者情報の海外流出リスク問題も世間を騒がせたばかり。
デジタル社会では、個人情報の漏洩や不正利用は防ぎきれないという「性悪説」に立つことが求められる。
デジタル化がもたらす監視社会
首相直轄で強大な権限を持つことになるデジタル庁は、国民の個人情報が集積されれば好むと好まざるにかかわらず国民への監視体制を強めることができるようになる。
このため、「個人情報が政権中枢に吸い取られる可能性が極めて高くなる」「官邸によるデジタル独裁につながりかねない危険がある」「個人情報が利便性という美名に隠れて悪用されかねない」「個人データの利活用を優先しプライバシー権などを軽んじている」など、監視社会に進むことを懸念する声がふつふつと湧き上がっている。
菅首相は「個人情報の一元管理を図るものではなく、システムやルールを標準化・共通化して、データも利活用しようとするものだ」と火消しに躍起だが、いったん法律による枠組みができてしまえば、政権に都合のよいように拡大解釈されたり解釈変更したりして運用される事例は、枚挙にいとまがない。
プライバシーよりデジタル庁を優先した拙速さ
63本もの法律を束ねたデジタル改革関連法の国会審議は、衆議院でわずか27時間、参議院でも25時間行われただけだった。国民生活に重大な影響を与える法律にもかかわらず、積み残した課題は山ほどある。
衆院では行政機関などが持つ個人情報の目的外利用や第三者提供の要件の認定の厳格化など28項目、参院でもデジタル化を国民監視のための情報収集・一元管理の手段としないことなどを求める29項目もの付帯決議がついた。
デジタル庁の9月発足に間に合わせるためとはいえ、この状況は、いかに拙速だったかを物語っている。
国民の不安と不信を抱えたまま、3カ月後には、デジタル社会に向けた新たなかじ取りが始まる。情報共有の利点に惑わされず、自分の情報がどのように扱われるかを常にチェックしていかなくてはならない。