まとまった大きなお金を分割してはいけない

税金の意味とは、みんなのお金をまとめて運用することにあるんですね。先にもお金持ちはバーゲニングパワーが強いと書きましたが、お金というのは集まれば集まるほど、強い力を持つようになり、大きなことができるようになります。

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例えば、1万人がそれぞれ100万円持っていたとしましょう。各人が自分の好きなように100万円を使うことはできるけど、買えるのは100万円以内のモノだけです。だけど、1万人の100万円を1つに集めれば、100億円になります。道路を整備したり学校を作ったり、そんな大きなことができるんですね。

ふるさと納税というのは、まとめて大きくできるはずだったお金をわざわざ細かく分割してしまう行為なのです。以前、「総額1億円、100人に100万円をプレゼント」の企画をツイッター上で行ったアパレル企業の社長がいました。この企画は賛否両論を呼びましたが、企画の是非を云々するつもりはありません。

1億円をどうしようと個人の勝手です。しかし、1億円というお金を100万円にして配るのは、お金持ちの道楽だからよいのであって、普通はその逆をしなければいけません。

また、税金なのに返礼品という仕組みが認められているのはいったい何なのか。これははたして自治体の本来の業務と言えるのか疑問です。余計な仕事を増やしているわけですよね。

中途半端なインフラ整備をしても意味がない

「地方にはインフラを整備するお金がないから、自分で集めなければしょうがない」という意見もあるでしょう。

けれど、どんなインフラをどこに作るのか、その配分をこれまで国も地方も真剣に考えてきたとは言えません。例えば空港にしても、隣の県に空港ができたら、どの県も「うちにも空港を!」と同じモノを欲しがりました。本来であれば、「空港は別の県に譲るから、その代わりに空港までの高速道路を整備して」といった具合に、トレードオフを行うべきだったんですね。

そうすれば、地域に大きな空港を1つ作り、高速道路その他のインフラもまとめて整備して、地域全体を活性化させることもできたでしょう。実際には、誰も使わない中途半端な小さな空港がたくさんできてしまいました。

「うちにはこのインフラはいりません」と言い切れる自治体は本当に少ない。それができた稀有な例の1つは、由布院温泉で有名な大分の由布市です。

由布院の小さな奇跡』(木谷文弘著、新潮新書)によれば、「生活観光地」を目指す由布市では民間主導での「由布院温泉発展策」の施策に集中する代わり、戦後の電力不足に対応する電源開発のダム建設計画を断念しました。その結果、市の財政は健全化し、公共サービスに対する市民の満足度も上がりました。

「でも」と思われるかもしれません。地方では高齢化、人口流出が進んでいるのだから、インフラ整備や公共サービスにしても、地方だけではやっていけない。国の補助金やふるさと納税といった仕組みで、地方にお金を回さないといけないんじゃないの、と。ここでも、「そもそも論」に戻って考えましょう。

そもそも、地方にお金を割り振る必要があるのでしょうか?