虐殺も環境破壊も「祖国への貢献」だと認識する中国政府
だから、「モンゴル人を殺しても、金さえ払えばいい」、という傲慢な思想とそれに準じた行動が許されるのである。忘れていけないのは、内モンゴルに侵略して来て定着したのは、19世紀後半に暴動を起こした金丹道の子孫たちだという事実である。
彼らは、人数に物を言わせて、暴力さえ行使すれば、先住民のモンゴル人を征服できる、という経験を積んできた集団である。特に文化大革命期には「革命」という名の下で、数万人ものモンゴル人を殺害し、「辺境開発」という旗印を掲げて草原を奪ったことを「祖国への貢献」だと認識しているからである。
モンゴル人青年メルゲンが殺害されたことで、全自治区で抗議集会が開かれた。しかし、中国政府は人民解放軍と武装警察を出動させて鎮圧した。6月8日、中国政府はメルゲン事件を「単なる民事衝突」として位置づけて裁判所で審理した結果、中国人トラック運転手に死刑判決が言い渡された。しかし、モンゴル人の不満は解消されなかった。その後、抗議活動は東京やフランス、それにアメリカなど海外を中心に展開されていったのである。
草原も野生動物も中国人に奪われた
今日に至るまで、内モンゴルの環境問題はまったく解決されていない。
解決できる見通しすらない、と断言しても言い過ぎではなかろう。というのは、環境問題は文明の衝突の問題であるからだ。歴史が始まって以来、遊牧民が草原の主人公だった時代は、草原は一度も沙漠にならなかった。近代に入ってから、中国人農民が進出して来て、草原を農耕地に変えてから、沙漠化の勢いを止められなくなった。
モンゴル人は自然に手を加えないことを崇高の理念とするのに対し、中国人は自然も征服の対象だと認識する。この真逆の価値観が、遊牧と農耕という文明の衝突を引き起こしている。
日本には内モンゴル自治区や新疆ウイグル自治区の沙漠化問題に没頭する研究者が多いし、現地に行って植林活動に携わるボランティアも大勢いる。しかし、そうした取り組みも、学術研究以上にほとんど政治的、社会的意味を持たない。典型的な実例を挙げよう。
春の5月から6月にかけての間、人工衛星を飛ばしてモンゴル高原の上空から撮影した研究者たちがいる。東京大学で学ぶ、内モンゴルの出身者とその仲間たちである。南モンゴルは真黄色で、北のモンゴル国が緑に包まれている。本来ならば、緯度が低い方の南モンゴルが先に草の新芽が姿を現す時期である。遊牧が禁止され、草原が中国人によって破壊されて沙漠化した事実である。
動物行動学の事例がある。内モンゴルには現在、狼やガゼルなどの野生動物はほとんど絶滅してしまった。
モンゴルには、「中国人が増えると、狼が消える」ということわざがある。笑い話のように聞こえるかもしれないが、事実、野生動物も中国人からの「迫害」を受けて、モンゴル国に「避難」している。モンゴル国に行くと、何百頭、何千頭ものガゼルが群れを成して悠然と移動している風景に出会う。ガゼルも決して、国境線あたりを南へ越えようとしない。モンゴル国の方が安全だ、と経験的に知っているからである。
「国境と言葉、それに家畜があれば、遊牧民は幸せだ」(kil, kel, maltai bol, malchin Monggholbayan)、とユーラシアの遊牧民は信じて疑わない。これも、民族地政学に淵源する知見であろう。
環境問題はどれも民族問題であり、それを解決しない限り、環境研究も単なる幻想に過ぎない。中国人が農耕優先の価値観と暴力主導の民族間関係を見直さない限り、環境問題は未来永劫にわたって我々の眼前に横たわり続けるに違いない。