ほとんど無価値の子会社に莫大な特許料を支払っている

(1)の特許料支払いとは、具体的にはスターバックス本社のブランドと商標を使用し、環境的・社会的配慮に基づいて選び抜かれた最高品質のアラビカコーヒーを使用し、さらに、スターバックス本社による店舗運営、ビジネスモデル、そして店舗デザインコンセプトを使用する権利への対価を指す。これら全体がまさに、無形資産を構成する。

スターバックスは、アメリカ議会の下院歳入委員会に対して、その研究開発部門は本社のあるシアトルに立地しており、海外子会社の役割はその「現地化」に留められていることを示唆している。

だとすると、オランダ子会社はそれほど大きな役割を果たしていないことになるが、そうであればなぜ、英国現地法人はアメリカ本社ではなく、オランダ子会社に顕著な特許料を支払うのか。事業の重要性の観点からは、この支払いの経済合理性を説明することはできない。租税回避目的の利益移転が、その真の理由だと推測できる理由がここにある。

多国籍企業によるタックス・ヘイブンを活用した租税回避をめぐっては、これまで研究者、ジャーナリスト、実務家による個別ケースに関する事例研究が多かった(志賀2013; 2014; 2015; シャクソン2012; パランほか2013; マーフィー2017; 森信2019)。

これらのケースは前節のグーグル、スターバックス事例のように租税回避の仕組みを明らかにすることに貢献したが、他方で、誰が、どれほどの規模で租税回避を行っているのかという点については、十分な定量評価が行われてきたとは言い難かった。

多国籍企業が納めた税金は国内企業の半分

これは、多国籍企業内部で用いられる移転価格や比較可能な独立企業間価格に関するデータ入手が困難だったことによる。ところが近年、こうしたデータの入手が可能になったことによって、租税回避の定量分析が可能となり、その包括的な実態が明らかにされるようになった。

1999年におけるフランス製造業企業の独立企業間価格と企業内取引価格に関する部門横断的な詳細情報を用いた推計結果は、同国の多国籍企業が10カ所のタックス・ヘイブンに利益移転したことで引き起こされた税収損失額が、フランス法人税収総額の約1%に上ることを明らかにしている。

また、これら10カ所のタックス・ヘイブンとの多国籍企業内部取引のうち、90%以上が450社の多国籍企業に集中しているという(Davies et al. 2018)。

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また、イギリス歳入関税庁が保有する法人税納税申告書の非公開情報を用いた研究では、多国籍企業と国内企業を比較し、その課税対象利益の規模に体系的な相違があるか否かを検証している。

それによれば、総資産に対する課税対象利益の占める比率は、多国籍企業の海外子会社が比較可能な規模の国内企業(同比率が25.2%と申告)を12.8%も下回っていることが判明したという。もしこの差のすべてが租税回避に由来すると仮定するならば、多国籍企業はイギリスにおける課税対象利益のなんと半分以上について租税回避していることになる。