菅首相にとっての第1の問題は、「アベノミクス」をどうするかである

さて、菅首相にとっての第一の問題は、安倍内閣の代表的な経済政策、「アベノミクス」をどうするかである。同内閣の官房長官を長く務めた新首相は、すでにアベノミクスを継承すると公言しているが、もちろんそれはうなずける。安倍首相が就任した2012年末から、コロナ流行が始まる直前の19年末までに、500万人以上の日本人が新たに就業することになったのである。500万人とは、東京ドームの満員観客数の約100個分であることを読者は想像してほしい。

20年不況といわれた日本経済の景色が変わった。今や大卒者は就職先を心配する必要がなくなり、ホームレスに占拠されていたテント村はほぼ消滅した。14年と17年の総選挙では、日本の有権者が安倍自民党に地滑り的な勝利をもたらした。

世論調査も、前政権の成果は好意的に評価され、菅政権も政権発足時の支持率は70%での船出となった。これは前政権の成功体験を受け継ぐことを期待しているからであろう。

日本では正規社員と非正規社員の間で、賃金や雇用条件に大きな差がある。正規社員は良い教育を受けてそこで優秀と認められた社員であるが、賃金の差ほど非正規社員より生産性があるわけではない。

社会は、運送、サービス、ときにはITと、むしろ非正規の労働者のほうが不足する傾向になる。従って、平均賃金は上がらなくとも、非正規雇用が大幅に増え、非正規賃金が正規賃金に追い付く、あるいは男女の賃金格差がなくなる過程が、労働市場の効率化と分配の公正のために必要で、それをアベノミクスが促進していたのである。

アベノミクスが始まる直前には、米英をはじめとする他の主要国が、リーマン危機に対抗するため、なりふり構わず量的緩和に走っていた。外国の金融拡大が円高を促進し、日本産業に約40%以上の円高のハードルを押し付けていた。

この状態を解消するため、日本も本格的な量的緩和に加わればよかったのに、白川方明総裁時代の日本銀行は、短期金利がゼロの状況下では金融政策は効かないと主張し金融緩和を怠ったので、日本は先進諸国の中で最も深い景気の谷を経験していた。

13年、安倍前首相は黒田東彦氏を日銀の新総裁に任命し、すべてが変わった。日銀は量的緩和プログラムを開始し、特にアベノミクスの前半、15年までに円高の解消に成功し、雇用躍進につながったのである。アベノミクスの後半では量的緩和の円安への影響が弱くなったので、金融政策の効果もやや弱まったが、それでも逼迫した労働市場のおかげで国内投資の需要が高まり、コロナによる影響が生ずる前は、労働市場は極めて堅調に推移していたのである。

従って、私から恐れながら菅首相へのアドバイスを述べるとすれば、第1に「現在の雇用と繁栄をも生んだ金融政策の方向を続けていただきたい。迷ったときには、金融政策を巧みに運営してきた黒田総裁を信頼してその意見に従ってほしい」ということである。