リーマン買収は2泊5日の強行軍
欧米の投資銀行のビジネススキルから明らかに周回遅れだった野村。この先頭を走っていた外資系金融機関の自己崩壊で、後塵を拝していた野村が巻き返しをはかる千載一遇の機会と、渡部は捉えた。リーマン買収は、野村を世界のトップランナーに押し上げる最も有力な武器で、買収で得られる人材、スキル、そして彼らの人脈を期待したのだ。
今まで何度となく外資系金融機関の前に苦汁を呑まされ続けてきた野村にとって、リーマン買収のニュースが、どれほど多くの社員たちの溜飲を下げたことか。高揚感に包まれた会場で、社長とともに万雷の拍手で迎えられたのは、今回の買収の立役者で野村グループきっての国際派の柴田だった。
かつて債券・ワラント債の売買損などで300億円以上赤字を出し、どん底に喘いでいた野村の英国現地法人、ノムラ・インターナショナル。そのトップに立った柴田は乾坤一擲、自己資金を使って企業や事業を買収、事業価値を高めた後に売却する手法に命運をかけた。このためにゴールドマン・サックス出身のバンカー、ガイ・ハンズを責任者に据えた。
さらに柴田は1800件のパブチェーン「フェニックス・イン」買収も手がけた。ここでの経験は、英国史上最大の不動産取引といわれた軍人用官舎5万7000戸の買収へつながり、ノムラ・インターナショナルは一時期、野村証券の連結利益の約半分を稼ぐまでに成長した。
柴田はリーマン買収にあたって、まず東京を飛びたち、香港、ロンドンと2泊5日の強行軍で交渉に臨んだ。そのとき替えのワイシャツを持つ余裕がなく、襟や袖口が真っ黒になってしまったエピソードを話すと、会場から一斉に拍手が湧き起こった。
さらに柴田の口から「社長の英断に感謝したい」と最終決断した社長への賛辞が出ると、会場のテンションは最高潮に達した。そして600人近い野村グループの面々から、渡部に対してスタンディングオベーションが送られた。
その後、各部門の現状などが次々と報告されると、最後には判で押したようにリーマン買収の英断を讃えるような言葉で締めくくられた。マイクからは「新しい野村になる」「新生野村証券」などリーマン買収によってまるで野村グループが生まれ変わるかのような言葉が流れた。
本当に幹部社員たちが口々に褒め、その決断を英断と賛辞を惜しまぬようにリーマン買収はバラ色なのだろうか?(文中敬称略)