国内の医薬品製造は伸びていない
筆者は、医療費増大を一律に“悪”と決めつけ、その抑制にがむしゃらに取り組むことは、わが国の医療産業の健全な成長にとって悪影響があると考えている。確かに過剰な病床数は入院患者数を増やし、医療費の膨張につながるため、その削減が医療費抑制に有効であることは明らかだ。
一方で、新型コロナの感染拡大で分かったことは、人材を含め、病床や医療機器などの医療資源には、ある程度のバッファーが必要であるということである。改めて、ウィズ・コロナ、アフター・コロナの時代における病床数を含む医療資源の適正水準を模索することが必要となろう。
重要なことは、医療費の抑制に過度に執着することなく、医療という産業を、わが国成長の梃子にしていくという発想である。例えば、医薬品の開発・製造は製造業であり、わが国の経済成長を牽引する産業であるべきだ。しかし国内における医薬品の生産額は、近年ほとんど増えていない。
わが国の医療費は、過去10年間でおよそ9兆円(26.2%)増えたが、わが国製薬事業者の医薬品生産額は、同期間に2700億円(4.2%)増えたのみである(図表3)。その間、わが国における医薬品の輸出額はほとんど増えておらず、逆に輸入金額はおよそ1兆6000億円増えた。
この背景には、製薬会社が積極的に新薬の開発に踏み切れない、わが国の製薬環境がある。例えば、医療費の増加を抑制する観点から、新薬については、高い薬価で販売できる期間が欧米諸国より短く抑えられ、その薬価も必ずしも開発に投じてきた費用を十分に回収できる金額であるとは限らない。そのため、製薬会社にとっては、国内で長期にわたり莫大な費用をかけて新薬を開発するインセンティブを欠いた環境であると言えよう。医療費抑制に向けた制度設計が、製薬会社の事業環境を悪化させているのである。