当事者の女性たちからも支持を得られなかった
しかし、1957年に売春防止法が施行され、高度経済成長の達成を通して日本が社会的に豊かになっても、売春は決してなくならなかった。売春する女性を保護・更生の対象とした婦人保護事業もうまく機能しなかった。宗教的道徳観に基づいて、買う側の男性を加害者として断罪し、売る側の女性を被害者として救済しようとする矯風会の思想と運動は、男性だけでなく、矯風会が救おうとしている当事者の女性たちからも支持を得られず、女性運動やフェミニズムの中でもマジョリティになることはなかった。
運動やアカデミズムの中で周縁化されていた矯風会の思想は、児童買春・ポルノ禁止運動、青少年の健全育成や従軍慰安婦をめぐる政治的な論争の中で、消えずに生き残った。
1990年代以降は、宗教的な道徳観からではなく、「女性蔑視や性暴力を助長する」「性差別の一形態」といった人権擁護の視点から、ポルノグラフィなどの性表現を「女性の性の商品化」として批判する動きへと移行していく。
そしてSNSが普及した2010年代以降、「男性=加害者/女性=被害者」という二元論に基づいた感情的な議論が広がっていく中で、矯風会の思想が「再発見」されることになる。
「これまでのフェミニズムが許せない」という怒り
北原は、これまでのフェミニズムを批判的に検討した上で、矯風会の設立を日本のフェミニズム史の原点として捉え、女性の性が売り買いされ、搾取されることを問題化する矯風会の思想と運動を起点にすることで、新しいフェミニズム史が切り開かれる、と宣言している。
こうした北原の主張には、「買う男が許せない」「性暴力や性的搾取に寛容な社会が許せない」という怒りと同等、あるいはそれ以上の強さで煮えたぎっている「これまでのフェミニズムが許せない」という怒りを読み取ることができる。
すなわち歴史的に見れば、現在のツイフェミは、二元論と感情論が優勢になるSNSの時代に復活した「矯風会2.0」の影響を色濃く受けていると言える。
性別二元論を批判していたはずのフェミニズムが「被害者/加害者」の二元論に陥り、任意の相手を加害者認定して攻撃する決断主義、公の場でストレートに自らの怒りや被害体験を表出する行動主義がもてはやされるようになる。二元論を批判するために生み出された思想が、二元論を肯定・強化するための思想として転用されていくのは、皮肉としか言いようがない。