私が驚くとともに感動さえしたのは、この番組に放送番組に与えられる賞としては最も権威あるピーボディー賞が与えられたことです。つまりABCはタブーに挑んだだけでなく、放送に携わる者としては最高の栄誉を獲得しさえしたのです。ABCもたいしたものですが、賞を与えるアメリカのジャーナリズムも、その背後にいるアメリカ国民の良識も素晴らしいといえます。
原爆投下の正当性を問う番組は日本では皆無
ちなみに、終戦の年のギャラップ世論調査では、原爆投下を正当だと答えるアメリカ人は85パーセントいました。番組が放送されて4年後の99年のデトロイト・フリープレスの調査では63パーセント、2016年のピュー・リサーチの調査では、56パーセントまで落ちています。この変化には前述の番組の貢献もあったと考えざるを得ません。
それでは日本側の原爆関連のドキュメンタリー番組はどうでしょうか。
私の知る限り、ABCのように「アメリカは戦争終結にあたってどのような選択肢を持っていたか」「アメリカは正しい選択をしたか」「原爆投下は正しかったのか」と正面から問いかけた番組は日本側にはありません。むしろ逆です。
最近の番組を例にとりましょう。
2018年8月12日にNHKのBS1で「BS1スペシャル▽“悪魔の兵器”はこうして誕生した~原爆 科学者たちの心の闇」という番組が放送されました。このなかで、NHKスタッフは大量殺戮兵器としての原爆使用「賛成派」2人と「仕方なかった派」1人の科学者を大きくクローズアップしています。
2人のうちの1人、原爆開発の現場にいた科学者のトップにいたロバート・オッペンハイマーは、原爆投下について肯定的に語っています。もう一人、大統領の科学顧問だったヴァネヴァー・ブッシュも同様のスタンスです。
原爆投下は「仕方なかった」というトーンを貫くNHK番組
しかし、この番組が罪深いのは、ルーズヴェルト大統領に原子力研究を勧めたレオ・シラードを「仕方がなかった派」に入れていることです。番組の最後はシラードの伝記作家ウィリアム・ラヌエットの「(シラードは)原爆を作るという間違った賭けをしたと自覚していたが、その選択は仕方がなかった」という言葉で締めくくられています。
全体として、原爆投下は「仕方なかった」というトーンで貫かれています。この番組の制作者は、これら3人だけでなく、彼らの周囲にいた、多少批判的ではあっても原爆の殺戮兵器としての使用を肯定する、あるいはそれを仕方のない選択だと思っている多数の科学者たちのとりとめもないおしゃべりも長々と垂れ流しています。
しかし、実際には、シラードは他の多くの科学者と共に日本への実戦使用に反対していました。また、日本に原爆を実戦使用すべきでないと政権に訴えた科学者は、シカゴ大学の研究所だけでも69名もいたのに、番組には一人も登場しません。