タブーに挑んだアメリカの4大ネットワークABC

その一方で、博物館は、アメリカの勝者としての一方的な視点だけでなく、敗者である日本の視点も含めようと、原爆被爆者の写真も同時に展示しようと計画しました。これは博物館としての最低限の良心だといえます。

ところが、これが退役軍人団体からごうごうの非難を浴びます。その主張はこうです。

「エノラゲイは100万人ものアメリカ兵の命を救った。それなのに、原爆犠牲者の写真を展示すると、アメリカ軍がなんの罪もない一般市民を無差別に大量殺戮したように見えてしまう。だから、エノラゲイだけを展示し、原爆被爆者の写真は撤去せよ」

結局、博物館側が折れ、エノラゲイだけを展示し、犠牲者の写真は展示しませんでした。ここまでは日本でも報道されたので、記憶している方も多いと思います。ほとんどまったくといっていいほど報道されなかったのは、そのあと放送されたドキュメンタリー番組のことです。

アメリカの4大ネットワークの一つABCは、この論争のさなか「ヒロシマ・なぜ原爆は投下されたのか」という番組を放送しました。

この番組でABCは、かつてどのアメリカの報道機関も冒したことがないタブーに挑みました。なんと「原爆は戦争終結を早め、100万人ものアメリカ兵の命を救ったというが、それは本当なのか」と問いかけたのです。

「原爆が100万人ものアメリカ将兵の命を救った」への疑問

現在にいたるまでアメリカ政府の公式見解は「原爆投下は正当である。それによって100万人ものアメリカ将兵の命が救われたからだ」というものです。

これは、終戦時において、原爆投下か日本本土への上陸作戦かしか選択肢がなかったことを前提としています。本土上陸作戦を行っていたならば100万人ほどのアメリカ将兵の命が失われることになっていたが、原爆のおかげでそれをせずに済んだので「原爆が100万人ものアメリカ将兵の命を救った」という理屈になるのです。

ABCの番組は、この政府見解に正面から疑問を投げかけるものでした。

賞賛されるべきは、リスクを覚悟しての放送だった点です。当時は勿論のこと、今日にいたるまでのアメリカ政府の公式見解をこの番組が真っ向から否定することになるので、大衆の不買運動のリスクを覚悟しなければなりませんでした。それでも彼らは放送に踏み切ったのです。

しかし、結果は彼らにとっても驚くべきものでした。一部の保守層は別として、一般視聴者は番組に拒否反応を示しませんでした。むしろ原爆投下をめぐって当然あるべき議論の一つとして受けとめたのです。