武士のまま死んでいくといえば、『峠』の主人公、河井継之助も同じでしょう。河井は長岡藩の軍務総督(家老)として、勝ち目のない北越戊辰戦争を戦い、散っていきました。まさに滅びの美学を貫いたロマン主義精神です。
しかし、一方で河井は西欧文明に明るく、封建体制のままでは次の時代に生き残れないことをよく知っていました。そこで当時としては大胆な藩政改革に着手しています。たとえば藩の赤字を立て直すために、産業振興を積極的に行いました。長岡は米どころですが、米はすぐ古くなるのでお酒をつくったり、柚餅子や薄荷糖をつくったりした。日本酒と柚餅子や薄荷糖は、いまでも長岡地方の特産物として人気があります。そうやって財政を立て直すと、軍制改革に乗り出し、当時、日本に2つしかなかったガトリング砲を購入するなどして、最新式の軍備を整えました。これらの逸話からは、河井が合理主義精神に富んだ人であることがうかがえます。
このように時代に殉じて滅んでいくロマン主義精神の人を取り上げながらも、彼らの美しさばかりでなく、合理主義者としての側面を描くところに司馬さんの美学がありました。