感染症との戦いは「冷戦の延長線上」にあった

【佐藤】アメリカもイギリスもロシアも、細菌やウイルスによる感染症には、冷戦期を通じて大変な蓄積を持っています。第一次世界大戦で毒ガス兵器が使われて膨大な犠牲者を出した教訓から生物・化学兵器の製造・使用は、国際条約で厳しく禁止されてきました。しかし、東西両陣営は、冷戦期にも、細菌・ウイルス戦の研究はやめようとしませんでした。敵の陣営が生物兵器を使用してきたら、それを防ぐためにはワクチンや抗体を備えておかなければと考えたからです。ですから、東西両陣営にとっては、感染症との戦いは「冷戦の延長線」に位置付けられていたのです。同時に、国際テロ組織が生物・化学兵器に手を伸ばす危険も現実のものになりつつありますから、「テロの世紀」にあって、「パンデミック」は優れて今日的なテーマなんです。

【手嶋】9.11同時多発テロにワシントンが見舞われた時のことでした。ワシントンの連邦議会に「炭疽菌」入りの手紙が届いて、死者も出て、首都をパニックに陥れた事件がありました。私たちホワイトハウスの特派員も議会に取材に行くには、「炭疽菌」に備える薬を服用しなければなりませんでした。細菌・ウイルス戦に備えて、アメリカ軍が開発した薬だと聞きました。これを飲むとたちまち気持ちが悪くなり、もう二度と飲みたくありません。

「サリン事件」に取り組んできた公安調査庁

【佐藤】戦前は、日本の陸軍が登戸(神奈川県川崎市)に細菌戦の研究所を持ち、多くの医療専門家を抱えていました。戦後は、細菌・ウイルス戦に備える医学的蓄積は陸上自衛隊の一部を除いてなくなったと言われてきました。しかし、日本では、公安調査庁だけが唯一、細菌・ウイルス戦の分野で情報を蓄積してきたのです。オウム真理教が引き起こした松本サリン事件と地下鉄サリン事件に取り組んできたからです。

【手嶋】コロナ禍のさなか、世界の情報関係者がもっとも注目している毒物・生物・化学兵器の専門家がいます。アメリカのコロラド州立大学のアンソニー・トゥー名誉教授(90)です。1994年に松本サリン事件が起きた後、トゥー博士はサリンの分析法を日本の捜査当局に指導し、山梨県の山中の土からサリンの分解物を見つける手がかりを提供したことで知られています。

このアンソニー・トゥー博士は、新型コロナウイルスの起源について、日本をはじめとするメディアのインタビューに答えて「私見だが、武漢の病毒研究所やその他の関連施設などで培養、研究していた新型ウイルスが未完成のまま、何らかの不手際で外部に漏れたと考えるのが一番適当な説明だと考えている」と述べています。