中国の主要な公立学校に「家庭科」はない
このようにいわれて私もハッと気づいたのだが、中国の小中学校には基本的に「家庭科」の授業は存在しない。すべての学校で導入されていないのかどうかは分からないが、少なくとも、北京や上海の主要な公立の小中学校には「家庭科」という科目はない。
受験に必要な科目が重視され、勉強以外のことをわざわざ学校で学ぶということは、中国ではほとんど行われないからだ。そのため、手縫いか、ミシンかにかかわらず家庭で習わない限り、縫い物をした経験のある中国人女性は非常に少ない。その女性に「家庭で裁縫が必要になったときはどうするのか?」と聞くと「お手伝いさんかお店の人に頼む」と話していた。中国では、お金を出せば、必ず誰かが商売としてやってくれる。
内陸部の河南省出身の女性にも聞いてみたが、同じく「家庭科の授業はなかった」という。この女性の場合、母や姉は縫い物が得意で、幼い頃は自分の服だけでなく靴まで手作りしてくれたというが、近年では内陸部でもこのような家庭はだんだん少なくなってきている。
2つ目の理由は、さまざまな布や手芸材料を購入できる店がほとんどない、ということ。
中国のネット通販では、今やどんなものでも購入できるようになったし、もし国内で売っていなければ海外から購入することも可能だが、それでも手芸に関しては基本的な材料がそろう程度だ。日本の大型手芸店にあるような、数千種類ともいえるほど豊富な布や材料を買うことは難しい。手芸材料の場合、アイテム数があまりにも多く、一つひとつの単価が高くないということも関係しているだろう。
「誰かの心を和ませる」姿がほほえましい
そのため、知り合いの手芸好きな中国人女性は、来日すると必ず有名な手芸材料品店や「東急ハンズ」のようなハンドクラフトコーナーがある店に立ち寄って、自分の目で材料を選びながら買うことを楽しみにしていると話していたが、そうしたことも背景にある。
さらに、布製マスクを作って自分で着用しよう、という発想がそもそも念頭にないということもある。
武漢を中心に感染が急拡大した新型コロナウイルスにより、中国では厳しい外出制限の措置が取られた。多くの場所で、外出の際はマスク着用が義務づけられたが、未知のウイルスへの恐怖から、効果が不透明な「布製マスク」を作ろうという考えは思い浮かばなかったのかもしれない。
確かに、ペットボトルやゴーグルに比べたら、布製マスクは飛沫が浸透してしまう可能性があるし、少し心もとない。手作りするという精神的な余裕も持てなかっただろう。