支える家族が「泥沼」にはまらないために

一方で、支える側である親や兄弟の立場はどうでしょうか。当事者の親の相談には、「子供のころはおとなしく、従順だった」「中学生頃から急に怒り出したり、会話を避けたりするようになった」「社会人になってからは独り言が多くなった」という内容が多く聞かれ、当事者が苦労している姿を見て、親も同じような苦しみを感じてしまっています。

先に紹介したAさんの父親も、息子が苦しむ姿を見て、ついには自分までもが病んでいきました。このように「支え方」がうまく見いだせず、支援者までもが泥沼にはまっていくケースは決して少なくありません。

この問題を解消するためには、何よりも「支え方」の技を磨くことが有効です。まず当事者が、自分で自分の支え方を身につけ、主体性を回復する。一方で親や支援者は、「自分はしょせん他人であり、本人に代わって苦労を請け負うことはできない」とわきまえる。この姿勢が大切です。周囲の人間ができるのは、当事者が「自分を助ける」ことを支援するところまでです。

親や支援者がとるべき姿勢は、当事者の性格や立ち居振る舞いを責めず、起こっている現象に着目して、その本質的な意味を考えることです。「引きこもっている長男」ではなく、「引きこもらざるを得なかった長男の背景」に着眼し、同じ目線に立って、新たな「自分の助け方」を一緒に探すのです。

住民票の住所が病院になってしまう人も

現在、精神科病棟に入院している方は全国でおおよそ30万人と言われています。そのうち、入院が1年以上の方は約20万人という実態です。

実践知ですが、この20万人のうち精神科状態が寛解されており、地域での保健福祉サービスを活用すれば退院可能な方は3割、少なくとも6万人はいると思われます。しかし彼らは実生活に戻った途端、人づきあいや家事、お金のやりくりで挫折してしまいます。この「当たり前の苦労」でつまずき、再入院する方も多いのです。

当事者を受け入れた家族や親族も、精神疾患者の身内がいる後ろめたさから近隣と距離を置き、当事者支援サービスの受け入れを拒むケースが少なくありません。さらには、当事者と関与することすら拒否し、退院を阻止しようとする家族もいます。

いわゆる長期入院と言われている方の多くは、不穏、興奮状態がずっと続いているわけではなく、退院後の受け入れ態勢が整っていないことから、ひっそりと病棟で過ごしているのです。悲しいのは、入院されている当事者も高齢化してしまい、食事やトイレといった日常生活動作の介護が必要なため、退院できない方もいること。精神科病棟が自宅となり、住民票が病院という方もいるのです。