ルーツになった真夜中の会合

宮台さんの過去を遡ると、「代官山人文カフェ」のルーツが見えてくる。14年ほど前まで、大手書店・三省堂の神保町本店で思想・哲学書の担当として勤務していた宮台さん。当時、書店イベントと言えば著者による「サイン会」が主流だった中で、「人文書はサインより著者の話を聴いた方が面白い」と、講演会やトークイベントを立ち上げた。

多忙な日々の中、書店員としてこのうえなく幸せに感じる瞬間があった。

「閉店後に棚の整理をしている時に、夜の静かな店内で本に囲まれているのがすごく幸せで。だから、お客さんにもその雰囲気を味わってもらいたいと思っていました」

そうして企画したのが、閉店後に著者を招いて行う「ミッドナイト・セッション」だった。イベントの参加者は、閉店後に裏口から入店。仄明るくした店内で、書棚に囲まれて著者の話を聴く。その場で書籍を購入することもできた。

閉店後に著者を招いて書籍を売るなど前代未聞の企画だったが、神保町の店舗が自社ビルであったことが幸いし、また、面白がってくれる著者も何人か出てきて、実現にこぎつけることができた。

「何度も開催できたわけじゃないんですが、毎回とても好評で。“自分たちだけの特別な空間”ということで、お客さまも著者もワクワクするんです。当時は出版記念イベントといえば70~80人集めて昼間にサイン会をやることが多かった。でも別の方法や、工夫の余地があるのでは、ということは当時から考えていましたね」

もどかしさもお土産のひとつ

「代官山人文カフェ」が提供するのは、「答え」ではなく「視点」だ。答えのない問いについて考えることで、参加者が他者の視点や新たな選択肢に気づいていく。その延長線上に、より深く潜るための人文書の存在が際立つ。

「人文書を読むことでメガネが増えるというか、『こういう世界の見方もあるんだ』とお客さまに気づいてもらうのが究極の目標です」と宮台さんは言う。

「なかなか答えが出ないもどかしさも、イベントのお土産。『そういえばこんな話があった』、『あの人が言っていたことは違うと思う』……。普段考えなかったことに触れて、ある時ふと思い出して本を開いてみる。一冊一冊は難解でも、キーワードだけでも頭に入ると人生がより面白くなっていく。人文カフェがそのきっかけになれば一番だと思います」

それにしても、なぜこうも本にまつわるさまざまなアイデアが次々と思い浮かぶのだろうか――。

宮台さんは、「自分の欲望じゃないですかね?」と笑う。

「著者と一緒に本についてお話したり、書棚を回ったりしたら楽しいじゃないですか」

「代官山人文カフェ」では、イベントの前に著者と一緒に書棚を回る「オーサー・ビジット」を開催することもある。“人文書の伝道師”として、宮台さんはかたちにとらわれない本と人の出会いの場を探求し続けている。

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