動物と比較しながら解剖した人体は30体と記録しており、解剖手稿という専用のノートまで残しています。そこに記されているのは、ふつうの人なら疑念すら抱かない人体の「なぜ」を探求しつくした軌跡。少し抜き出してみましょう。

「呼吸の原因、心臓が動く原因、嘔吐(おうと)の原因、胃から食物が下がっていく原因、腸が空になる原因、過剰な食物が腸内を動いていく原因、物を飲み込む原因、咳をする原因、あくびをする原因、くしゃみをする原因、手足がしびれる原因、手足のいずれかの感覚が失われる原因、くすぐったさの原因、性欲やその他の肉体的欲求の原因、排尿の原因、そしてこうした肉体のあらゆる自然の生理的作用の原因」

好奇心のおもむくまま、疑問の解消に没頭する。ダ・ヴィンチの洞察力の根源をなす部分と言っていいでしょう。

「自然」はアイディアの宝庫

自然崇拝主義——これもまた怪人二十面相のようなダ・ヴィンチの一面です。自然への興味は終生変わらず、生涯の研究テーマでもありました。自然を賛美するこんな言葉も残しています。

「才能ある人間がさまざまな発明を行い、目的にかなうようにさまざまな道具を用いたとしても、自然ほど美しく、シンプルに、目的に合った発明をすることはないだろう。自然がする発明においては何1つ過不足がないのだ。例えば運動に適した腕や足を動物に与える際にも、平衡を保つ重りは必要としない」(解剖手稿)

ダ・ヴィンチにとって、自然は絵画の偉大なる師匠であり、発明をする際のアイディアの源泉でした。例えば、船を設計する際は魚の形状からヒントを得ています。

①前方が丸い形状、②後方が丸い形状、③前方も後方も同じ形状の3種類を検証し、魚と同じ形状である①が最も速く前進できることを確かめました。