裁判官の価値観によって判決は分かれる
一方、同様のケースで詐欺罪の成立を肯定した裁判例もあります。
すなわち、売春をするという内容の契約が公序良俗に反し民法90条により無効であったとしても、民事上契約が無効であるかどうかということと、刑事上の責任の有無とはその本質が異なること、詐欺罪のように他人の財産権の侵害を本質とする犯罪が処罰されるのは単に被害者の財産権の保護にあるのではなく、違法な手段による行為は社会秩序を乱す危険があるからであること、社会秩序を乱す点においては売淫行為の際に行われた欺罔手段でも通常の取引におけるものと何ら異なることはないことを理由に、売淫料も詐欺罪の客体になるとして、詐欺利得罪(刑法246条2項)の成立を認めました(名古屋高裁昭和30年12月13日判決)。
この裁判例では、民法上の責任と刑事上の責任とを別個に考え、人をだましてサービスの対価の支払いを免れることで社会秩序を乱すという点においては、一般の合法的な取引と違いがないということを重視して、民法上保護されない権利であっても、刑事上は保護に値する客体であるという理由で詐欺罪の成立を認めました。
詐欺罪が認められるかどうかは、ケースごとの状況によるというよりも、裁判官が詐欺罪の保護法益をどう考えているかによります。
上記のとおり、詐欺罪の成立を否定する裁判例と肯定する裁判例がありますが、いずれも高裁段階のものであり、最高裁の判例はまだ出ておりません。
民事上の責任と同様に考え、民事上保護されない以上、刑事上も保護に値しないとして詐欺罪の成立を否定するのか、あるいは、社会秩序の維持に重きを置いて、詐欺罪の成立を肯定するのかについては、今後、最高裁の判断が出るまでは、裁判所によって判断が分かれることになるでしょう。