シングルマザーと女子高生の時給はなぜ同じなのか
だが透明性と公開性が高まり、横断的労働市場や男女平等などが達成されても、それで格差が解決するわけでは必ずしもない。評価の透明性が高まったぶん、客観的な基準としての学位取得競争が強まり、それによる格差が開くかもしれない。また「経験」と「努力」で高い評価を得ていた、学位を持たない中高年労働者の賃金は、切り下がる可能性がある。
筆者自身は、この問題は、「残余型」が増大している状況とあわせて、社会保障の拡充によって解決するしかないと考える。すなわち、低学歴の中高年労働者の賃金低下は、児童手当や公営住宅などの社会保障で補うのである。そうした政策パッケージを考えるにあたり、第6章で論じた1963年の経済審議会の答申は、いまでも参考になる側面がある。
だがそうはいっても、社会を構成する人々が合意しなければ、どんな改革も進まない。日本や他国の歴史は、労働者が要求を掲げて動き出さないかぎり、どんな改革も実質化しないことを教えている。そうである以上、改革の方向性は、その社会の人々が何を望んでいるか、どんな価値観を共有しているかによって決まる。
社会の価値観をはかる、リトマス試験紙のような問いを紹介しよう。2017年に、労働問題の関係者のあいだで話題をよんだエピソードがある。それは、スーパーの非正規雇用で働く勤続10年のシングルマザーが、「昨日入ってきた高校生の女の子となんでほとんど同じ時給なのか」と相談してきたというものだった(※3)。
3つの答え
これに対して、あなたならどう答えるか。とりあえず、本書で述べてきたことを踏まえて私が回答例を書けば、以下の3つが考えられる。
賃金は労働者の生活を支えるものである以上、年齢や家庭背景を考慮するべきだ。だから、女子高生と同じ賃金なのはおかしい。このシングルマザーのような人すべてが正社員になれる社会、年齢と家族数にみあった賃金を得られる社会にしていくべきだ。
回答②
年齢や性別、人種や国籍で差別せず、同一労働同一賃金なのが原則だ。だから、このシングルマザーは女子高生と同じ賃金なのが正しい。むしろ、彼女が資格や学位をとって、より高賃金の職務にキャリアアップできる社会にしていくことを考えるべきだ。
回答③
この問題は労使関係ではなく、児童手当など社会保障政策で解決するべきだ。賃金については、同じ仕事なら女子高生とほぼ同じなのはやむを得ない。だが最低賃金の切り上げや、学位・資格・職業訓練などの取得機会は、公的に保障される社会になるべきだ。
こうした回答のうち、どれが正しいということはできない。それぞれ、別の価値観や、別の哲学にもとづいているからである(※4)。