「自助努力の勧め」「若いうちからの資産形成の重要性」の強調が、「数字の一人歩き」を招き、老後生活への不安を増幅し、さらには制度に関する正しい理解がないままに繰り返し展開されてきた実りのない公的年金制度不信論を再燃させるような結果になった。だとすれば、「赤字」「不足額」といった言葉の使い方をはじめ、議論の提起の仕方にいささか慎重さを欠いた、との批判は避けられないと思います。

マクロ経済スライドが必要な理由

公的年金制度が破綻することはないこと、マクロ経済スライドは世代間の公平を担保しながら制度の持続可能性を確保するために必要な仕組みであることは、プレジデント誌に何度か論考を掲載しました。今回は、公的年金を議論するときに外せない大事なポイントだけを簡潔に再度お話ししたいと思います。

図をご覧ください。現在の公的年金制度は、向こう100年間の収支(=100年間の収入と100年間の支出)を見てバランスを確保するように設計されています。100年とは、2019年に生まれた赤ちゃんが100歳になるまで、ということで、その時代に生きているほぼすべての人が亡くなるまでの期間、ということです。そして、5年ごとに、様々な経済前提を置いて、足元からさらに向こう100年間の収支バランスをチェックして収支が成り立つことを確認する作業を行います。これが「財政検証」です。「100年安心」というキャッチフレーズを政府が使ったことはありませんが、「100年」の意味はこういうことです。公的年金制度は日本が破綻でもしない限り破綻しません。

向こう100年間の制度の持続性を確保するために導入されている仕組みが、マクロ経済スライドと積立金の活用です。残念ながら日本は長い間低出生率が続き、現役世代(支え手)の人口が減り続ける一方、高齢世代(受け手)の人口は2040年頃まで増え続けます。この「支え手が減って受け手が増える」期間を乗り切るための仕組みが、マクロ経済スライドなのです。

公的年金制度は破綻している、と言い続けて政権を取った民主党も、政権与党になってからは、野田佳彦総理・岡田克也副総理・小宮山洋子厚生労働大臣(いずれも当時)が異口同音に「マクロ経済スライドは評価すべき仕組み」「これによって公的年金制度の持続性が確保された」「現行制度は破綻していない。破綻していると言ったのは言いすぎだった」と国会で答弁しています。今日、多少なりとも公的年金制度を知っている識者のほとんどは「マクロ経済スライドは公的年金制度維持のために必要な仕組み」と言っています。

マクロ経済スライドは、公的年金制度を維持するためだけのものではなく、人口減少が続く中で、現役世代と高齢世代の間の負担と給付の公平を確保するためのものでもあります。