地方当局が独断かつ大急ぎで作った?

さらに、中国法研究者としてみたとき、当該条例には法的な条文としては「非常に奇異」な記述が散見される。例えば、先に示した第3条第1項だ。法律や条例の条文とは、基本的に「○○をしてはいけない」「○○をしなければならない」「○○をするよう努めなければならない」「○○をしないよう努めなければならない」という構造をとる。しかし、当該の第3条第1項は「南京大虐殺は……南京市永遠の苦痛の記憶である」と述べているだけで、何者にも義務や禁止を命じていない。立法の粗雑さが見え、「あまり深く考えずに作成した条例」といった評価をせざるを得ない。

これらから考えられることは、「南京市国家公祭保障条例」が、地方政府が中央の指示を得ずに拙速に作成した条例であり、その結果として対日関係の改善に動きつつある中央政府の目下の思惑とは、ズレのある内容になってしまったのではないか、ということだ。

江蘇省や南京市は、中央政府が南京事件を大きく取り上げると考え、急ぎ当該条例を中央政府からの指示なしに作成した。ところが、中央政府が「日本への配慮」から南京事件追悼式典を大きく取り上げなかったため、慌てて当該条例の話題を小さくした、というところだろうか。その意味では、当該条例は既に失効させられている可能性もあるが、明確に失効したとの宣言は確認できない。

「日本に配慮したい中国の中央政府」と、「その意図とは必ずしも一致しない方向に行く地方政府」のズレは今後も発生し、それが中国での南京事件の取り扱いなどにも影響してくるだろう。それらが今後どのように展開していくのか、地方の条例制定の動向も含め、注視していきたい。

<注>
(1)「南京事件の式典習氏ら姿見せず」朝日新聞2018年12月14日付朝刊11面。
(2)「南京事件の式典習氏ら姿見せず」・前掲注(1)。
(3)「南京市国家公祭保障条例」の条文自体は、少なくとも2018年12月10日時点では江蘇省人民代表大会の公式サイトで閲覧できた〈http://www.jsrd.gov.cn/zyfb/dffg1/201811/t20181128_508756.shtml〉のだが、2019年2月1日段階では当該ページは削除されている。中国のWikipediaに相当する「百度百科」では確認できる。「南京市国家公祭保障条例」(百度百科の当該ページ)。

高橋 孝治(たかはし・こうじ)
立教大学アジア地域研究所特任研究員
日本で修士課程修了後、都内社労士事務所に勤務するも退職し渡中。中国政法大学 刑事司法学院 博士課程修了(法学博士)。台湾勤務を経て現職。研究領域:中国法・台湾法。行政書士有資格者、特定社労士有資格者、法律諮詢師(中国の国家資格「法律コンサル士」。初の外国人合格)。著書に『ビジネスマンのための中国労働法』(労働調査会、2015年)、『中国年鑑2018』〔共著・中国研究所(編)、明石書店、2018年〕など。「時事速報(中華版)」(時事通信社)にて「高橋孝治の中国法教室」連載中。
(写真=Imaginechina/時事通信フォト)
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