「会社のメッセージ」のつくり方
【JAXA岡本】「僕が印象的だったのは、50代後半の上司の言葉です。このプロジェクトの企画書を持って行ったとき、『科学の情緒性が伝えられるといいよね』と言われたんです。
『飛行機は金属の塊だし、鋭利でしゅっとしていてスマートだけれど、生活者を支えるものだと考えたら、今の形があるべき姿の最終形かというと、僕は必ずしもそうじゃないと思っている。もっと人を包み込むような優しさがあってもいいよね』って。
そういうことを言うタイプには見えなかったので、すごく驚いたのを覚えています。これもこの上司の『主観』ですが、この仕事に対する『想い』を感じました。」
このような「主観の集合体」が、会社のメッセージになっていく。例えば、上司が話した「包み込むような優しさ」は、イラストの柔らかいタッチにも現れている。
【JAXA保江】「ポジティブで自由な発想ができたのは、デザイン思考の手法にくわえて、IDEOのミーティングの進め方や人間関係の構築にもあった気がします。
IDEOのみなさんは、絶対に否定的な言い方をしないんですよね。それは反対意見を言わないということではありません。違和感があっても、それをより良くするためにどうすればよいか? という観点でポジティブに発言をすることが、チームの人間関係を良くする。その姿勢が自分自身の創造性も高めるし、アウトプットの質も高める。これは、今回のプロジェクトを通して学んだ非常に大きな気づきでした。」
しかし、もちろん良いことばかりではない。企業がデザイン思考を取り入れた時には、必ずいくつかの壁に当たる。
デザイン思考の導入・その3:きちんと「モヤモヤ」しているか?
「デザイン思考」を実践する際、困難に感じやすいことのひとつは、着地が見えないこと。とくにデザイン思考の実践経験が少ない企業にとっては、プロジェクトへの不安につながりやすい。
【JAXA保江】「一番大変だったのは、先が見えなかったことです。計画を立て、社内で共感を得て予算を獲得しなくてはならないのに、未定事項が多い。『これで予算申請をして本当に大丈夫だろうか』と、不安ばかり募りモヤモヤした時期もありました。でも、IDEOには、その『モヤモヤ』が大事だと言われて。」
IDEOの野々村曰く、これはデザイン思考を取り入れはじめた企業が、必ず苦労することだという。社内の理解を得られず、IDEOに相談に来るケースも少なくない。
しかし、最初から落とし所が見えているのであれば、デザイン思考は必要はないとも言える。
【IDEO 野々村】「デザイン思考では、『どうなるかわからないモヤモヤ』のような、不確実性を前向きに捉えてチャンスに変える『発想の転換』が必要です。
といっても、僕も、言うほど簡単じゃないことはわかっています。ただ、こういった『結果を焦らず、不確実な状況を楽しみながら新しいものを生み出していこう』とするチェンジリーダーは、これから増えていくはずです。」
さらに、アイデアの種が可視化されたあとの実現のフェーズにも、ハードルがある。プロジェクトを牽引してきたJAXAの岡本は「この壁はまだ、超えられていない」と語る。
【JAXA岡本】「コンセプトサイトがオープンする際、社内に取り組みのプロセスも含めて、発信をしました。役員や研究者の一部には響いたという実感もあります。
しかし、ほとんどの人は、僕たちが経験したようなデザイン思考のプロセスに噛んでいない。否定はしないけれど、傍観している人たちに対して、なにかひとつでも具体的な研究開発につながるような働きかけをしていくことが、今後の課題です。」