「テレビがどんなことにも答えを出せるなんて幻想だ」
『チコちゃんに叱られる!』はクイズ番組だ。だがひとつの答えを導き出すことだけに執着していない点が興味深い。
それを象徴するのが、レギュラー化される前の2017年12月27日放送回。そこでは「なぜ左投げのピッチャーをサウスポーと呼ぶのか」について、ディレクターを主人公とした再現ドラマにより次のような解説がなされる。
まずメジャーリーグでは球場を作るにあたり、ホームベースからマウンド、二塁へと至る方向を東北東にすべきという公式ルールが存在する。それにならえば左投げ選手がピッチャーマウンドに立つと、左手が南側を向く。つまりsouth=南、paw=手となることから「サウスポー」と呼ぶようになったのではないかという仮説が立てられる。
だが、この左手が南向きであることをサウスポーの語源とする考えを「幻想」だと断言する、野球用語についての英語事典をディレクターが見つけてしまう。実際、アメリカで野球が始められた1840年代よりも前の1813年発行のコミック誌に、「サウスポー」という語が登場していることが判明する。
ディレクターは頭を抱えてしまい、上記の英語事典の存在を無視して球場の向きを根拠にしたVTRを作ってしまおうかと迷う。すると鶴見慎吾演じる上司がこう諭す。
「テレビがどんなことにでも答えを出せるなんて幻想だ!」
その結果、サウスポーの由来は「分かりません」という結論となり、VTRが締めくくられる。スタジオゲストたちも困惑したリアクションを取る。以上のような回だ。
「諸説ある」と呼応する受け取り方の自由度
ややトリッキーな着地だったこともあり、その後の放送で同様の結論が出されることはない。だが放送を見ていると、番組で出される答えにはちょっとしつこいくらい「諸説ある」と注が付く。取材に時間と労力をかけても、あくまでチコちゃんを通じてひとつの説を出すにとどめる、というのが番組の矜持なのではと勘繰りたくなるほどだ。
そしてこのスタンスは、5歳児という設定の着ぐるみとCGの組み合わせにより生まれるチコちゃんを、そのままキャラクターとして受け取るか、木村祐一というコワモテのお笑い芸人を“透け”させて楽しむかという視聴者の受けとり方の自由度と呼応している。「チコちゃんとは誰か?」という問いに答えを出そうと出すまいと、いやそれを問うかどうかすら、視聴者に委ねられているといえる。
つまりチコちゃんのキャラクター性が、番組におけるクイズの答えに対するスタンスと一致しているわけだ。製作側がそんなことを意識しているとは思わないが、こうして人形を通じて番組の構造を考えてみると、案外一本筋の通った番組であることが明らかになってくる。まさにこの点こそが『チコちゃんに叱られる!』の真価であろう。
そんな風にして視聴者側にも受け取り方に自由を与えたことで、幅広い年齢層のひとたちが、チコちゃんに叱られるとわかっていながら、わざわざテレビの前に足を運んでしまうのではないか。
もちろん最後にひとつ断っておく。こんな文章も、諸説あるうちの一つにすぎないということを。
人形研究者/大学教員
1983年生まれ。早稲田大学大学院文学研究科博士後期課程単位取得退学後、日本学術振興会特別研究員(PD)、早稲田大学文化構想学部表象・メディア論系助教を経て、現在早稲田大学等で非常勤講師を務める。研究対象は人形文化全般。著書に『人形メディア学講義』(河出書房新社)。