すべての線が「ロールケーキ」につながっていた

答えはすでに出ていたと言っていい状態でした。石川さんの焼きの技能が集約したロールケーキは、スポンジのうまさがダイレクトに伝わります、自家消費にも手みやげにも向いています。

『「会社に眠る財産」を掘り起こせ!』(岡村衡一郎著・朝日新聞出版刊)

すべての線が「ロールケーキ」へとつながっているように思えます。しかし、店主の石川さんに、「スポンジのうまさがもっとも生かされる一品は何ですか」と話を向けても、「そりゃあ、全部ですよ。スポンジは土台ですから、すべてが大切な商品です」と、私となかなか話がかみ合わなかった思い出があります。

石川さんが「ロールケーキが自身の財産が凝縮した商品だ」と納得できたのは、商店街の年間集客数との連関でした。商店街組織で集計していたものを真弓さんが探してきてくれたのです。見てみると、商店街の歩く人の減少とロールケーキの売上は、無関係であることがわかります。

お菓子の家スワンのロールケーキは、それだけ人を引き寄せる力がありました。お客さまは、ロールケーキがおいしいことを知っていて、買い求めるためにわざわざ来店します。しかし、自信を持った訴求をしてはいなかったのです。

「ロールケーキがカギになる」。ようやく納得してくれた石川さんですが、一つの商品にだけフォーカスするためらいはなくなりません。どれも精魂込めてつくり上げた大切な商品だからです。

しかし、「どれもおすすめ」では、お客さまにとっては、どれもおすすめではなくなってしまいます。この理解が腹に落ちるのは、やってみて本当にお客さまが増えるまでは難しいものです。

5倍、10倍と増える売上

すべての商品に愛情のある石川さんを真弓さんがリードする形で、とにかくロールケーキを前面に押し出していきました。改めて商品を改良した上で、抹茶味やチョコ味のバリエーションをそろえ、価格を価値に見合った800円に設定しました。商品名には店名を入れ「スワンのロールケーキ」とし、商品づくりに込めた石川さんのメッセージを添えた手づくりのポップやチラシを制作して、お客さまに知らせていきました。

ロールケーキを主力商品(一品)に育て上げるために、売ると決めた分だけ商品をつくりました。それをガラスケースいっぱいに陳列。ロールケーキを前面に打ち出したチラシも新聞などに入れました。また、「なぜおいしいのか」の理由を接客するときに説明。今までの2倍、3倍とつくった分を若手スタッフも巻き込みながら見事に完売。製造数を増やして陳列したところ、当初の5倍、週末には10倍と売上は増えていきました。

1日に1000人以上が訪れる人気店に

お客さまが思い出してくれるような商品があることで、店まで足を運んで買ってくれる。何度かリピートして食べているうちに、他の商品が気になる。試しに買ってみたら、「これもおいしい」となり、次の商品へと波及していきます。

あれから18年がたちました。ロールケーキを起点にしたお菓子の家スワンは、閑古鳥が鳴いていた商店街にありながら、決して売場面積が広いとは言えないのに1日に1000人以上のお客さまが訪れる人気店となりました。その後、商店街の貸店舗を出て、少し離れたところに土地を購入。12台分の駐車場のあるゆったりしたスペースの店舗兼住宅を建て、新店舗で営業しています。

ロールケーキを中心に、梨ケーキ、赤米ドーナツなど、地元の食材を生かした商品の人気も高く、遠方からのお客さまも増えました。今ではクリスマスなどの書き入れ時になると、1日に3000人のお客さまでにぎわう日も。さらに、春日部市民の選ぶ名店にも名を連ね、デパートの催事などへ販売先も拡大中。市内はもちろん県外からもお客さまが商品を買い求めにくるようになりました。従業員も10人になり、かつては人手不足のために休日もなく働いていた真弓さんが、今はきちんと休みもとれるようになったのです。

岡村衡一郎(おかむら・こういちろう)
スコラ・コンサルト プロセスデザイナー
1971年生まれ、亜細亜大学卒業。株式会社船井総合研究所を経て、2004年株式会社スコラ・コンサルトに入社。150社を超える企業変革を支える。「会社が変わるとは何か」「人がイキイキ働くには何が必要なのか」を考え続け、「一品」という変革コンセプトを発見、体系化する。著書に『30代でチームのリーダーになったら最初に読む本』『一品で会社を変える』(ともに東洋経済新報社)がある。
関連記事
セブンが勝てない「最強コンビニ」の秘密
退職して手打ちそば屋を始める人の末路
コンビニの「サラダチキン」を食べるバカ
頭がいい子の家は「ピザの食べ方」が違う
富裕層は「スマホ」と「コーヒー」に目もくれない