「本当の財産」は足元にあった
さっそく、私たちは財産探しに取りかかりました。この時点で、お菓子の家スワンは、創業24年です。その歩みを整理してみました。私がインタビューする形で、「洋菓子とお客さまの関係」「自分の努力」「主力商品」の3つを縦軸、「修業時代」「導入期」「展開期」「安定期」の4つを横軸にした、縦4マス×横5マスの合計20マスの図をつくり、時代と行動の意味づけをしながら、財産を掘り下げていったのです。
販売数量は、POSデータがあるわけではなかったので詳細はわかりません。接客と経理を担当していた真弓さんのメモと日々の売上記録をもとに、創業から現在までの商品別の売上をさかのぼっていきました。ただし、手書きデータを集計するのは、さすがに時間がかかりすぎます。そこで4月、8月、12月の3カ月分に絞って商品ごとの販売データを集計しました。簡便法で売れ筋を見ていくことにしたのです。
このときに石川さんに主力商品を尋ねると、「一番はショートケーキです」と言います。ケーキ店にとって基本中の基本の商品で、店の実力がはっきり出る商品です。しかし、ショートケーキの売上を集計してみると、ダントツの売上を誇る商品ではありません。そこで「ショートケーキの次に大事な商品は何か」と質問してみることにしました。すると、
「菓子店の売上をつくるのは焼き菓子です」
とのこと。話にもとづき集計してみると、たしかに焼き菓子全体ではそれなりのボリュームがあるものの、パウンドケーキやクッキーなどを個別に見ていくと、売上は分散してしまいます。こうして集計してみたところ結局、一番売れているのはロールケーキであることがわかってきました。けれど石川さんは、ロールケーキに今以上の力を入れることに難色を示します。差別化が難しく、儲けも出にくいというのです。
ケーキは「スポンジ」が命
それならば、内容をよりよくして値段を上げてはと、提案してみたところ、
「近所のスーパーが、ロールケーキを1本200円で売っているのに、それ以上に値段を上げたらとても対抗できないと思うのです」との返事です。
そもそも200円の商品に対して、600円という価格で対抗できているとは、私には思えませんでした。それでも売れているというのは、価格以外の価値をお客さまが受け取ってくれているからです。第三者から見るとわかりやすい状況が、当事者には見えにくいことがあるのです。
そこで、私は質問を続けます。
「では、ケーキにとって、もっとも大事なものは何でしょうか」
「スポンジでしょうね。すべてのケーキはスポンジを土台にしているのですから。それに、生クリームやチョコレートの味は素材でほぼ決まるけれど、スポンジだけは焼き加減。職人の腕が勝負です」
「焼きに関してかなり研究したのですか」
「かれこれ30年になりますかね。修業時代に師匠に『スポンジがケーキの命』だとたたき込まれましたから」
自分が努力してきた焼きの技能が財産であるのは、一人で考えていても見えにくいものです。話をしていく中で、石川さんが確立した、あらゆる状況に応じて最適な火加減を可能にする1500通りの調整法の価値が見えてきます。
天候や素材の状態、焼き上げるスポンジの種類に合わせた微妙な火加減の調整の記録は段ボールにどっさりと保管されていました。しかも「窯のメーカーから調整のしかたを教えてほしいと言われた」と、プロが認めた技術レベルにあることをさらっと口にします。