「そりゃあ娘が犯人だと思われても仕方ない」
『週刊現代』(以下『現代』)には野崎氏と親しい記者がいて、Sと結婚するなら経歴を調べたほうがいいといったが、野崎氏は一向に気にしていなかったという。
件の記者によると、亡くなる数日前に野崎氏から電話があり、「至急話したいので田辺へ来てくれ」といわれた。
記者はSと離婚するのかなと直感したという。亡くなる数時間前にも「至急相談したい」という電話があり、翌日、田辺へ行くはずだったそうである。
Sは北海道にいる両親に結婚したことを話していなかった。今回の事件で初めて知った母親は、週刊誌の取材に対して「そりゃあ娘が犯人だと思われても仕方ない」と語っている。
「社長が亡くなったら4000万円もらえる」
一方の家政婦のほうも謎の多い人間である。『文春』によると、彼女は野崎氏と同じ和歌山県の生まれ。
父親は町議会議員を務めた地元の名士。彼女は高校を卒業すると上京して帝国ホテルに就職する。数年で退社して銀座や六本木のクラブでホステスをしていたそうだ。バブル華やかな頃である。
クラブ歌手としても活動していて、やがて旧防衛庁前の雑居ビルでクラブを始めた頃、野崎氏と知り合う。
野崎氏の2番目の妻は、彼女の店のホステスだった。惚れて通ったが、なかなか首を縦に振らなかった。4年通ってようやく結婚にこぎつけた。その際、元々樫山姓だったのを妻の野崎姓に変えたそうである。
一方のママのほうも結婚し子供をもうけるが、この人物、ただ者ではなかった。恐喝容疑で警視庁に逮捕されたり、覚醒剤所持容疑で何回か逮捕されたりしているというのである。
たびたび覚醒剤に手を出すことが許せず、彼女のほうから離婚を切り出したが、今でも縁は切れていないそうである。
家政婦は野崎氏と共同で、南紀白浜のリゾート開発事業に参画していて、こんなことを周囲に話していたそうである。
「社長は私に恩義を感じているから、社長が亡くなったら4000万円もらえる」
おやっと思わせる経歴の持ち主ばかりだが、失礼だが、野崎氏も“数奇な”経歴と強引なやり口で、他人から恨みを買ったこともあるようだ。