人間が学習を重ねて少しずつ賢くなっていくように、AIも学習を積み重ねることで「できること」が増えていく。積み重ねた学習の差が将来の差につながるという点では、人間もAIも同じだ。
人間にとって「勉強」が決して楽ではないように、安全運転のために必要な情報をAIにインプットするのは想像以上に地道な作業である。とかく「ウサギが勝つ」と思われがちなデジタルの世界において、自動運転に関してはコツコツ型のカメが最終的には勝つと言われている。
単機能は強いが、複合的な判断は苦手なAI
一方、医学の分野ではAIの強みと弱みが明確にわかれる分野がある。診断と治療方針決定のサポートである。
一人の医師が経験できる症例の数は限られているが、AIを使えばケタ違いの情報を蓄積できる。しかもその記憶は正確だ。そのような正確なデータベースを元に、患者の症状をリアルタイムにインプットし機械学習させれば、AIは自分で判断しながら診断し、それに合った治療法を見つけることができる。そういう意味で、AIは人間よりもはるかに優秀だ。
ただし、人体は複雑であり、症状が出ていないところに本質的な問題が隠れている場合もある。AIはレントゲンの画像を見て、人間の医師よりも早くそこに映る影を正確に発見できるかもしれないが、それが身体のほかの部位とどう関係しているのかなどを複合的に判断して診察するのはまだ苦手だ。
現時点では、AIはあくまで単機能である。得意とするのは主に「分類」「識別」「予測」の3つであり、活用できる場面はおのずと限られる。
先に触れた医療の話をビジネスシーンに置き換えてみると、「AIを使って工場を効率化したい」という話とよく似ている。AI関係者を悩ませるのは、このような漠然とした問題をドーンと提示され、「AIを使って解決してください」と言われることだ。
現時点のAIが扱える範囲として、「工場」は広すぎる。工場内のあるラインの生産性を上げたいという依頼なら、いくらでもやりようがあるだろう。カメラをつけてラインの動きをモニターしながら、AIが自分で判断してロボットを動かす仕組みを作ることも可能だ。しかし工場全体を俯瞰して、どこに問題があり、それをどう改善すればいいのかを総合的に判断するのは、まだ、人間のほうが得意だ。
鳴り物入りでAIを導入したものの思ったほど成果は出なかったという場合、それは現時点でのAIの能力を正確に理解していないか、過信していた可能性が高い。
「ユースケース」を決めてから取りかかれ
現状のAIには限界がある。このことを踏まえ、以下ではAIをビジネスの変革に利用する場合の正しい条件を考えてみたい。
各種センサーの発達により、最近はさまざまなデータの収集が可能になってきた。テキスト、画像、音声など、そのバリエーションが広がると同時に、処理するマシンの性能も向上している。だからといって、なんでもかんでも情報を集めて分析にかければいいかというと、そんなことはない。注意すべきは、豊富なデータをどのような基準で整理分類するか、だ。
人間に例えると、AIはまだ言葉を覚えたての子どものようなもの。可能性は無限だが、大きくやろうとすると失敗する。単機能でもできる、小さな問題にまで落とし込んでから導入することが肝要だ。必要なのは「なんのためにAIを使うのか」という目的を明確に決めること。これはあくまで人間の仕事だ。
例えば、コンビニエンスストアに来店する客の購買履歴を分析したい場合。その気になれば、Aさんという客が何月何日の何時何分何秒に来店し、何を買ったかまで詳細なデータを収集し、それを分析にかけることは可能だ。しかし、顧客にとっての付加価値を上げるという観点で考えた場合、はたしてそこまで細かな情報を分析にかける必要はあるのだろうか?
この場合、もしかすると、朝、昼、夕方、夜くらいの大ざっぱなくくりで分類したほうが、ビジネスにとって意味のある結果が得られるかもしれない。
重要なのは、あらかじめ明確な「ユースケース」を決めてからデータを集めることだ。ユースケースとはデータを実際に使用する場面のこと。収集するデータを分析にかけることで、具体的に何を明らかにし、ユーザーの側にどんな付加価値を提供したいのか。その結果、ビジネスとしてどのような成果につながるのか。そうした道筋が見えていないと、データを集めて分析する意味はない。
例えば「分類」はAIの得意分野であり、製造業の原料分析などでは大いに活躍できる。金融業界における貸し出しの審査や不正の検知など、これまで人間が経験則で判断してきた「このパターンは危ない」「このパターンは儲かる」という見極めも、AIは高精度で分析できる。機械のメンテナンスもしかり、だ。たとえばAIにその機械の正しい振動の波形を学習させると、人間であれば故障の直前まで気づかない変調を、何週間も前に識別できることがある。
「AIを使って分析してみたけれど、たいした結果は出なかった」「むしろ、わかっていたことを再確認しただけだった」。そうした失敗の原因は、ユースケースを明確にしないまま、今あるデータだけで分析している、ということが多いのだ。