だからこそ、自衛隊は、「人は疲労し、疲労が人のパフォーマンスを低下させる」ことを前提として、日ごろの訓練を行なっています。それはそもそも、「人」が戦闘力の基礎だからです。そして意外に思われるかもしれませんが、じつは自衛隊は、とくに平成時代以降の実際的な活動で教訓を得ながら、徹底的に相手と戦う、あるいは長期的な災害派遣活動などにおいて、能力を維持したまま活動を継続するために「休む(専門的な言い方では「戦力回復」といいます)」という視点を絶対に欠かさない組織になりつつあります。

自衛隊だけでなく、世界中の軍隊は、厳しい任務を組織の能力を低下させずに継続するため、訓練中や任務中に隊員相互でローテーションを組むなど、適度に休息を与えています。

無謀なPDCAな戦略の成功確率を下げるだけ

もう少し具体的に見ていきましょう。「人」のコンディションを悪化させる要因とは、いったい何でしょうか。元自衛隊のメンタル教官を務めていただいた下園壮太氏は、「蓄積した疲労」を回復するのに十分な休息を与えられていないことである、とします。疲労の蓄積レベルについて、下園氏はそれを以下の三つに分類しています。

第1段階 ぐっすり一晩眠れば、疲れがとれる

第2段階 イライラし、不安になりやすい。同じ出来事でも疲れやすさが2倍になり、回復にも2倍の時間がかかる

第3段階 心身に「病気」の症状が現れる。元気なときより3倍傷つきやすく、疲れやすい。回復にも3倍の時間がかかり、そのあいだに次のショックが重なりやすくなる

あるいは、睡眠時間の長さも、パフォーマンスに大きく影響します。米ペンシルベニア大学とワシントン大学が「普段7~8時間の睡眠をとる48人の健康的な男女」を集め、「8時間睡眠を2週間続けるグループ」と、「6時間睡眠を2週間続けるグループ」に分けて行なった実験では、「6時間睡眠を2週間続けると、2日連続で徹夜をしたときのパフォーマンスと同じ状態になる」という結果が出たといいます。

その一方で、「8時間睡眠を2週間続けるグループ」には、認知機能や運動能力の低下や注意力の減退は見られませんでした。

おそらく多くの企業では、蓄積した疲労が回復しないまま、パフォーマンスの落ちた状態で仕事に取り組んでいる人が、社内(部署内)に少なからずいるのではないでしょうか。さらには「第1段階」の人でも、6時間睡眠が続いてしまうような状況では、いつ「第2段階」に進んでもおかしくありません。

「戦力回復」の視点がない職場環境において、「第2段階」以降に進んだ人に対し、新しい経営戦略に沿った業務改革を伴うアクション・プランを実行させたり、PDCAサイクルによる修正を何度も繰り返させる「攻めの経営」を行なっても、それによって現場の負担が増え、かえって戦略の成功確率を引き下げてしまうのではないでしょうか。