トランプが発したかったメッセージを読み解く

ただし、旧約聖書の詩篇133編をトランプが就任演説で引用したことについては、筆者が親交のあるユダヤ人に尋ねたところ、同じユダヤ人でも、トランプを支持するかしないかで大きく見方が異なっていた。トランプを支持するユダヤ人のなかでは、「就任演説のなかで私達ユダヤ人が最もよく用いている部分を引用してくれたのは好ましいこと」とする向きが多かった。その一方で、トランプ不支持のユダヤ人のなかでは、「極めて内向きの演説のなかで、旧約聖書のこの箇所を引用するのは不愉快」との意見が多かった。

なお、この旧約聖書の一説を「深読み」していくと「陰謀論」的な解釈も有り得るだろう。もっとも筆者の分析結果としては、「トランプは米国の団結を訴える部分に、ユダヤ人の価値観を共有しているというユダヤ人へのメッセージをこめて旧約聖書を引用した」程度にとどめておくのが正しい解釈ではないかと考えている。同じユダヤ人でも見方が分かれていることが、「陰謀論」を排除する根拠ではないだろうか。

いずれにしてもトランプを支持するしないにかかわらず、キリスト教徒のみが聖典とする新約聖書ではなく、キリスト教徒とユダヤ教徒の両者が聖典とする旧約聖書から引用したことについては、トランプがユダヤ教の価値観を共有しているというメッセージをユダヤ人に対して送ったものとユダヤ人のコミュニティーで受け止められているのは確かだろう。

最後に、筆者は古くから現在に至るまで、多くの紛争は、聖典の解釈を巡る壮絶な知の戦いでもあると考えている。このようなことから、就任演説の一部と旧約聖書からの引用箇所を併記することで、実際の解釈は読者ひとりひとりにあえて委ねることにしたい。

田中道昭(たなか・みちあき)
立教大学ビジネススクール(大学院ビジネスデザイン研究科)教授。
シカゴ大学ビジネススクールMBA。専門はストラテジー&マーケティング、企業財務、リーダーシップ論、組織論等の経営学領域全般。企業・社会・政治等の戦略分析を行う戦略分析コンサルタントでもある。三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役(海外の資源エネルギー・ファイナンス等担当)、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)、バンクオブアメリカ証券会社ストラクチャードファイナンス部長(プリンシパル)、ABNアムロ証券会社オリジネーション本部長(マネージングディレクター)等を歴任。著書に『ミッションの経営学』など多数。
関連記事
トランプ支持者が特定メディアを見る理由
世界を動かす3人「大富豪の言葉」
「公約守る」トランプの過大すぎる目標
トランプ新大統領の最終兵器 年商270億「令嬢イヴァンカ」の正体
クルーグマン教授「本当のトランプショックはこれから始まる」