インパクトばかりでは……

何をもって「良い店舗デザイン」と捉えるかは、受け手によって、業態によってまちまちです。ただし、ある程度定期的に通う飲食店を想定するならば、「飽きのこないデザイン」というのは、その有力な解だろうと思います。目を引く奇抜なデザインや主張の強いデザインは初めて訪れるには楽しいかもしれませんが、二度三度と行くうえで本当に有効かには疑問が残ります。

この点に関して、とても印象的なエピソードがあります。Aさんは和食店を開業するにあたって、Bさんに店舗デザインを依頼しました。出来上がった店を見てAさんは「え? これでもう終わり?」と質問したそうです。というのも、何だか物足りないように感じたのです。それに対してBさんは返します。「何を言っているんですか。この空間で素敵なスタッフがサービスをしていて、笑顔のお客さんで席が埋まり、その前にはおいしいお酒と料理が並んでいる。それが完成形なんですよ」。

Bさんのつくる店は一見それとわかる強い個性があるわけではありません。もちろんやろうと思えばできるのですが、あえてそれをやらないのです。「寸止めの美学」とでも言うのでしょうか。私は飲食店においてはBさんのような店づくりに共感します。店舗の環境やデザインに関して、来てくれたお客が次の日に「細かいところはよく覚えていないけれど、何だかいい雰囲気の店だった」と思ってくれたら、それはひとつの理想の形ではないでしょうか。

子安大輔(こやす・だいすけ)●カゲン取締役、飲食プロデューサー。1976年生まれ、神奈川県出身。99年東京大学経済学部を卒業後、博報堂入社。食品や飲料、金融などのマーケティング戦略立案に携わる。2003年に飲食業界に転身し、中村悌二氏と共同でカゲンを設立。飲食店や商業施設のプロデュースやコンサルティングを中心に、食に関する企画業務を広く手がけている。著書に、『「お通し」はなぜ必ず出るのか』『ラー油とハイボール』。
株式会社カゲン http://www.kagen.biz/

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