ありのままを体現したジョブズ

青年時代から禅に触れ、禅の影響をうけてきたスティーブ・ジョブズ。彼はカリフォルニア州にあった禅院に通い、瞑想などの修行を行っていた。(amanaimages=写真)

こうしたなか00年代に異彩を放ったのが、アップルのスティーブ・ジョブズだ。iPodはソニーのウォークマンとの競争から離れ、好きな曲をいつでもネットから取り込んで楽しめるという新しい価値を生み出した。それはジョブズが携帯型音楽プレーヤーを「It seems to me~」の一人称でありのままにとらえ、「自分は何をやりたいのか」と発想した賜物だった。ジョブズは若いころから禅を学び、結婚の誓いも禅僧の前で行ったことは有名だ。天才のなかでマインドとボディは禅を通して常に一体化していたのだ。

00年代に入り、仕事の仕方も変化してきた。例えば、ソフトウエア開発だ。従来はウォーターフォール・モデルといって、開発工程を順に進める方式が主流で、手戻りが起きないよう、最初に緻密な分析が求められた。このモデルでは開発中に仕様が変化すると、対応が困難で成功率が低かった。

そこで、各工程のメンバー6~7人で一緒にチームを組み、課題を1つ1つ解決しながら、完成させていくアジャイル・スクラムと呼ばれるモデルが登場した。メンバーたちは毎日15分でも集まり、ミーティングを行う。短時間では言葉ですべての意思伝達ができるわけではない。身振りや表情などを通し、身体性を共有しながら、相手をありのままに受け入れ、相互に理解する。すると、相手の仕事の遅れを自分がカバーするなど、チームとして共感力の高い判断ができるようになる。対人関係のストレスも減り、全体の生産性が高まる。ITの最先端でも、心身一如が求められるようになった。実際、グーグルではマインドフルネスによって、チーム力や信頼関係が深まったという。

さらに、ジョブズのように、創造性が喚起される点も特筆すべきだ。いくつかの実験で、マインドフルネスを行った被験者は、新しいアイデアを生み出す創造力や柔軟性が促されることが実証されている。「自分は何をやりたいのか」という一人称の世界が開け、自分の中にある豊かな知を呼び覚まし、より自由に発想できるようになるのだろう。

日本人はもともと心身一如の境地に馴染んでいた。日本でも最近、マインドフルネスの人気が高まっている。いわば“里帰り”。効果を最も享受できるのは、われわれ日本人である。それは米国流経営に流れて、一時期失われた組織の共感力や創造力を取り戻すチャンスでもある。

(amanaimages=写真)
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