医者の予期せぬ言葉「最悪の顔つき」

病理組織診断の結果を聞きに妻と病院に行くと、がんの宣告が下されました。さらに「最悪の顔つきです」と医者が画像に目をやってからいったのです。進行が早く、しつこいタイプのがんとのこと。すでにがんは右乳房から右脇のリンパ節にも転移していました。

最悪?……、たとえそうだとしても、医者が「最悪」という言葉を使うなんて! と怒りにも似た感情を覚えましたが、医者が「最悪」というのですから、かなりの事態に違いはありません。これまで「最悪」という言葉を何度も使ったことがありましたが、「最悪」の本当の意味が、このとき初めてわかったような気がしました。

心に灰色の風が吹き、耳鳴りがして頭はクラクラ。とても医者が話すことを理解できる状態ではありませんでしたが、とにかくメモを取るため、手を動かし続けました。

「次は家族の方と来てください」

妻は医者にそういわれていたのです。このことから考えても、「対岸の火事」であるはずがありません。それなのに軽く考えていた私は、底なしの大馬鹿夫です。深刻なことが苦手な私は、無意識にも現実から目を背けたかったのでしょう。

それでも妻は、「がんではなく乳腺トラブルの誤診」に一縷の望みを残していました。乳がん検診の再検査をこの病院で受け、「次回の乳がん検診は3年後でかまいません」といわれていたにも関わらず、1年半で乳がんの宣告が下されたことが、どうしても腑に落ちなかったのです。また、主治医となる医者が若すぎたため、不安がっていました。

そこでセカンドオピニオンとして、私の知り合いの大学病院の先生の紹介で、そこの乳腺外来の名医に診てもらうことにしたのです。ただ、4月の下旬に紹介をお願いしたため、ゴールデンウイークが終わってからの診察となりました。どんよりとした気持ちのまま、ゴールデンウイークが一刻も早く過ぎればいいのに、と思ったのは、人生で初めてのことでした。

じっと耐える日々を過ごしてからのセカンドオピニオンでもがんの宣告は覆らず、ここでも「最悪の顔つき」といわれてしまいました。

患者とその家族は、医者に少しでもいいことをいわれれば、その言葉にすがりつきたくなるものですが、「最悪」といわれてしまえば、どうしようもありません。

最悪って……、悲しいのになんだかおかしく、顔が歪んでいくのをはっきりと感じました。ため息とともにうなだれてしまい、顔を上げることができませんでした。このとき私の顔は、間違いなく「最悪の顔つき」になっていたと思います。ずっしりとまとわりつくような時間が流れ始めたのを、感じずにはいられませんでした。

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