日本では乳がん罹患者数は増える一方。ところが、乳房切除後に再建する人はわずか17%にとどまっている。海外と比べると極端に低いのはなぜか。乳腺外科医の片岡明美医師は「治療を最優先にして、外見の変化は後回しにしがちな傾向が医療者の間でもあった」という――。

アピアランスケアとして必要とされる乳房再建

日本女性が罹患りかんするがんの中でもっとも多い乳がん。その罹患率は増加の一途をたどっている。生涯のうちに乳がんになる女性の割合は、50年前は50人に1人だったのが、現在は9人に1人と言われ、年間9万人以上が乳がんと診断されている。

発症年齢を見ると、30代後半から罹患率が増加し始め、40代後半から60代後半でピークを迎える。仕事や子育て、親の介護など社会的役割が大きい時期に罹患しやすいのが乳がんの特徴と言える。その一方で、ステージI、IIの10年生存率は約9割と、早期発見・治療によって治りやすいがんでもある。治療後の長い人生を考えれば、QOL(生活の質)を踏まえた治療を選択することが大切になるだろう。

がん対策推進基本計画にも盛り込まれ、近年注目を集めているのが、外見(アピアランス)の変化に起因するがん患者の苦痛を軽減する「アピアランスケア」という考えだ。がん治療に伴う外見の変化と言えば、脱毛を思い浮かべる人は多いだろう。ウイッグや医療用帽子もアピアランスケアに含まれる。乳がん患者の場合、手術で失ったり、変形したりした乳房を新たに作る「乳房再建」もそのひとつとして注目されている。

「命があればもうけもの」からQOLを重視する治療へ

乳がん手術によって胸を失うと、さまざまな不自由・不便さが生じる可能性がある。周囲の目が気になって温泉などの公衆浴場に行けない、胸パッドのズレが気になって思い切り身体を動かせない、左右のバランスが悪く肩がこる……など。鏡に映る自分の姿を見るたびに、乳がん患者だったことを思い知らされ、つらい思いをする人も少なくないという。

乳がん検診を受ける女性
写真=iStock.com/ljubaphoto
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がん研究会有明病院サバイバーシップ支援室長で乳腺外科医の片岡明美医師は、現在のがん治療にアピアランスケアは不可欠だと話す。

「ひと昔前は、治療を最優先にして、外見の変化は後回しにしがちな傾向が医療者の間でもありました。“命は助かったんだから、乳房を失っても仕方ない”という考えがあったことは反省すべき点です。治療の進化に伴い、乳がんの予後は良好になってきました。そこで、より重視されるようになったのが、治療後の長期的な社会生活を充実させ、患者さんが自分らしく生きること。外見の問題を解決するアピアランスケアは、現代のがん治療に不可欠なものになっています」

ところが、乳房再建率はアメリカが40%、韓国が53.4%なのに対し、日本は17%と極端に低い数字だ(図表1)。

【図表】乳房再建率の比較グラフ

「乳がん罹患者を対象としたアピアランスケアに関する調査」(※)によると、罹患後に気になった外見の変化で最も多かったのが「手術による傷跡」(49.7%)で、「手術による乳房切除(全摘)」(31.6%)、「手術(部分切除)による胸の変形」(31.5%)と乳房に関する回答が上位に入った。しかしながら、外見の変化に対しての対処法は、「ウイッグや医療用帽子による脱毛のカバー」が45.9%なのに対して、「乳房再建手術」は9.2%と少数にとどまった。乳房再建率の低さにはどのような背景があるのだろうか。

乳がん罹患者を対象とした「アピアランスケア」に関する調査(アッヴィ合同会社アラガン・エステティックス 2023年8月実施)