アップル創業者 スティーブ・ジョブズ●1955~2011。77年アップルコンピューターを設立。85年に解雇されるが、97年に復帰。(写真=時事通信フォト)

アップル創業者のスティーブ・ジョブズは、2005年に母校スタンフォード大学の卒業式にて行ったスピーチの終わりがけ、「ハングリーであれ。愚かであれ」と学生たちに訴えかけた。この言葉は、スピーチのなかで明かされているように、ジョブズが青年時代に愛読した「ホール・アース・カタログ」という雑誌の最終号に掲げられていたものだ。何事も恐れず、常識にとらわれない生き方をしたジョブズらしい言葉のチョイスだといえる。

ジョブズはこのスピーチで、前年に末期がんの告知を受けたことを語っている。それを踏まえての「死は生命にとって唯一にして最高の発明」「あなた方の時間は限られている。誰かほかの人の人生を生きて無駄にしてはいけない」といった言葉も印象深い。

こうしたジョブズの死生観は、彼が青年時代より影響を受けてきた禅の思想にもとづくものともとれる。たとえば禅の一派・曹洞宗の開祖である道元の『正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)』「生死」の巻には、「生きるときはただ生き、死ぬときは死に向かってただ従う。厭ったり願ったりしてはいけない」という意味の文章がある。

道元は、いま目の前にある存在(これを「現成(げんじょう)」と呼ぶ)のすべてが悟りの実相だと説いた。『正法眼蔵』の「現成公案」の巻には、薪と灰の関係を例に、こんな話が出てくる。

「薪(たきぎ)は燃えて灰になるが、だからといって灰は後、薪は先と見てはいけない。その前後関係はあくまで断ち切れており、あるのは現在ばかりなのだ。人の生死も同じで、生が死になるのではない。生も死も一時のあり方にすぎないのである」

ジョブズもまさに、病気を現成としてそのまま受け取り、残された時間を大切に生きた。「死は生命にとって唯一にして最高の発明」という言葉は、そうした意志の表れであった。

(写真=時事通信フォト、クラレ(大原總一郎氏))
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