ソニー創業者 盛田昭夫●1921~99。46年井深大とともにソニーを設立し、営業を担当。71年社長、76年会長。(写真=時事通信フォト)

ソニー創業者の1人である盛田昭夫は、国際的な経営者として世界を飛び回り、英語でスピーチする機会も多かった。

彼の英語はけっして流暢ではないが、相手に伝える工夫が随所に凝らされていた。「“S”(Science)は“T”(Technology)ではなく、“T”は“I”(Innovation)ではない」とは、1992年に、イギリスで名誉大英帝国勲章を授与されたときのスピーチでの“つかみ”の言葉だが、これは一体どういう意味なのか。

この言葉の前半の意味を、盛田は「基礎科学の研究からは、未来へのヒントは得られるが、産業のエンジンとしてのテクノロジーは生まれない。そしてテクノロジーをつくり出すのは、科学者ではなくエンジニアだ」と説明した。

ただ、盛田は「テクノロジーだけではイノベーションにならない」とも言っている。企業の観点から見れば、テクノロジーの創造性はイノベーションの1つの要素にすぎない。さらに商品企画とマーケティングの創造性が必要だというのだ。極端な例でいえば、ウォークマンは、画期的な技術は何一つ使われていないにもかかわらず、商品企画とマーケティングにもとづいて大成功を収めている。

この考え方は、イノベーションの提唱者であるオーストリア生まれのアメリカの経済学者、J・A・シュンペーターの考えと重なる。シュンペーターは企業家を定義づける特徴として、「単に新しいことを行ったり、すでに行われてきたことを新たな方法で行うということ」をあげ、これを革新(イノベーション)と呼んだ(『企業家とは何か』東洋経済新報社)。

さらに彼は、企業家と発明家を明確に区別している。「発明家はアイディアを生み出し、企業家は『事を行う』。この事というのは、必ずしも科学的に新しい何かを実現することである必要はない。また、アイディアや科学的な原理それ自体は、経済的な実業活動のために重要ではない」。この点は、盛田の考えと特に似ている。

ソニーには、もう1人の創業者である井深大をはじめ優秀な技術者が大勢いた。彼らのつくる製品がいかに価値を持ち、どんなライフスタイルを提供してくれるのか。それをわかりやすい言葉で伝え、新たな市場を創出すること。それこそが企業家としての盛田が果たした最大の役割であった。