おまえじゃダメだ。男の責任者を出せ!

そんな彼女たちに、頭の上に湯気を立てつつ「お叱り」の電話を寄越すのはどんなタイプが多いのだろうか。大島は慎重な言い回しで表現する。

「10年ほど前からの傾向ですが、全国的な高齢化とともに、60代以上の方が電話をしてこられるケースが増えています。目立つのは60代以上では男性の比率が高いということ。そういう方は、女性と比べて科学的に正確な説明を求めてこられますね」


特定保健用商品はとくに問い合わせが多い。「飲んだけれども効果が出ません」といった相談には、商品を説明し納得してもらうだけではなく、栄養士が健康管理の助言をすることもある。

クレーマー問題に詳しい横山雅文弁護士によれば「団塊世代の大量退職が始まった07年から、粘着気質的な悪質クレーマーが増えてきている」という。当人は消費者として真っ当な説明を求めているつもりでいるので、金銭目的のクレーマーよりもよほど厄介だ。大島は何も言わないが、花王も同種のクレーマーに悩まされているとみるのが自然だろう。

花王はここ数年で次のような対策をとりはじめた。もともと女性が多い職場だが、「男を出せ!」「専門家を出せ!」と要求されるのに対応し、博士号を持つ50代の男性技術者(しかも研究所副所長経験者)を含め、獣医、管理栄養士、美容師などの有資格者を配置したのだ。

大島はいまも月1回は消費者からの電話を受けるが、そんなときに「おまえじゃダメだ。男の責任者を出せ!」と詰め寄られることもあるという。

「悔しいから本当は口にしたくないんですが、『私は部長です。何なりと承ります』と言い返すこともありますよ(笑)」

激昂した主婦から「あなた、このオムツを使ったことがあるの!?」となじられるようなこともある。大企業のキャリアウーマンは子供も家庭も持たず、気楽に生きているに違いない、という被害妄想じみた思い込みがあるからだ。

しかし大島には、フルタイムで働きながら育て上げた高校2年の一人娘がいる。電話の相手に娘の赤ちゃん時代の苦労話を聞かせ、ホロリとさせることもあるという。そしてクレームをつけてきた相手を、最後には熱烈な「花王ファン」にしてしまうのだ。

「ありがとう。あなたも頑張ってね。これからも花王製品を買うわ」

こういわれることが、大島にとって無上の喜びなのである。 (文中敬称略)

(的野弘路=撮影)