知識と見識はあるだが「胆識」がない
話をすればするほど、「この人はちょっと違う」と思わされました。構想を立てるときには、ものすごく幅広く考えている。さらに、われわれの意見をとてもよく聞いてくれるのです。社員の考えを汲み取ったうえで、自分の考えを仰る。とりわけ思考の深さが人並み外れています。だから中途半端なことをいえば、すごい勢いで叱られます。たびたび、「おまえの考え方がおかしい」といわれました。
「おまえは、大学を出ているから『知識』は十分あるんだろう。通信事業をやってきたのだから『見識』もあるんだろう。だけどおまえには『胆識(たんしき)』がない。物事を決めるときには知恵だけじゃダメなんだ。本当にそれを自分がやりたいと思う。もしくはやらないといかんと思う。そして、そのためにはどうやればいいのか。それを考え抜いたうえで発言しろ」
もちろん、できる限りの選択肢は検討します。稲盛さんに「この点はどうなんだ」と聞かれても、それなりの返答はできる。でも、稲盛さんは、その返答に曖昧さが含まれていることを見抜くのです。住民との折衝でも「おまえ、どこまで相手のことを考えたんだ。本当に誠意を尽くしたのか」と叱られることになります。
稲盛さんの経営哲学は、「動機善なりや、私心なかりしか」という言葉によく表れています。
稲盛さんはDDIの創業者ですが、上場時に株式は一切持っていませんでした。創業者の責任と権利を考えれば、株を持つほうが常識的です。しかしそれでは儲けるためにDDIをつくったと思われるかもしれない。だから、一切の権利を放棄してしまうのです。