いちばん大事な場面で活かした「癖盗み」
上田が笑顔で振り返るのは、1対1の同点で迎えた6回裏一死二、三塁。
「張本(勲)が一塁ゴロを打って、一塁手の加藤(英司)が捕ってホームに暴投したんです。捕手の中沢(伸二)なんか、ショックのあまり、へなへなとなって、死んでしもうたような状態。ところが、当時の後楽園球場はバックネットの下がコンクリート。そこに球が当たって跳ね返ってきた。一転、中沢は生き返り、えびす顔で捕球したんです」
そのため、三塁ランナーのライトはホームベースを踏んだが、二塁ランナーの柴田勲は生還できなかった。
「1対2と1対3ではえらい違い。うちは長打力を持ったバッターが揃っている。誰かが打ち、同点、逆転できると思いました」
7回表、阪急は一死二塁から、6番・森本潔(三塁手)が打席に向かおうとすると、上田は耳打ちした。
「セットポジションのときの癖が分かっていましたから、『クライド・ライトのグラブが立ったら、真っすぐ。グラブが寝たら、カーブだぞ』と、森本に伝えたんです。ライトの癖をペナントレース中に発見し、日本シリーズの第2戦と第5戦で確認し、いちばん大事な場面で実行に移したんです」
森本が狙い澄ませてバットを出すと、白球は高々と舞い上がり、レフトスタンドに吸い込まれた。逆転2ラン。上田は恐ろしいばかりの“スパイ野球”で長嶋巨人を叩きのめしたのである。
2574試合 1322勝1136敗116引き分け 勝率5割3分8厘
(文中敬称略)※毎週日曜更新。次回、金田正一監督