そして、山岸は、さらに安心と信頼を区別する。安心とは、上記の定義のなかで不確実な要素が減少することによってもたらされる感情だと考え、対して、信頼とは、そうした行動をとるときの相手の意図に搾取的な要素がないという評価だという。極端にいえば、不確実性の高い状況では、安心は欠如しても、信頼は成立しうるのである。

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企業に関する2つの見方とその帰結

ちなみに、この定義は、特に経営者に対する従業員の信頼という面から見て、極めて示唆的である。なぜならば、経営者は企業経営のなかで、不確実性がないという意味での安心を従業員にもたらすことはできないからである。またもたらすべきではないのかもしれない。

逆に、上記の意味で、従業員に信頼された経営者は、企業の危機に対応するうえで多様な手段を活用できる。不確実性への対応は、多くの意味で従業員に対して、短期的不利益をもたらすかもしれないからである。それに対して従業員がどこまでコミットしてくれるか。そのことによって経営者がとることのできる選択の範囲が規定される。

例えば、以前にも、このコラムで書いたが、日本の企業がバブル崩壊のなかで危機に陥ったとき、そこから立ち直る過程で大きな資産となったのは、従業員が抱く経営者に対する信頼だったと考えることはできないだろうか。決して、経営者が従業員を効果的に活用するためのインセンティブ契約の適切さではなかっただろう。働く人のコミットメントとか、経営者に対する信頼とか、会社に対する愛着心とか、そうした要素があるからこそ、経営者は従業員に対して、短期的な不利益を受けることを要請できたのである。