さて、ニュースキャスターの筑紫哲也は友人知人の多い人だった。
彼は病床から友人に対して自分の病気(癌)と治療薬についての情報を冷静に知らせている。以下は「病院生活は退屈ですか?」という井上陽水からの手紙に対する返信である。
『品』が『山』のように集まった病いを癌と言うだけあって、これは退屈しない病気です。(略)
私の個人的体験に即して言えば、初期段階は(注:抗がん剤は)全く効きません。というより、薬として強すぎるのです。一見素直に聞こえる曲でも、どこかスピンがかかっていて、こちらの体力が落ちている時は、押し倒される感じになる。
(月刊「文藝春秋」2011年9月号)
病床にいてもジャーナリストであり続けた人だから、自らの病いを冷静に、そして客観的に眺めることができたのだろうか。
次も病人の手による文章だが、手紙ではない。『困ってるひと』という1冊のノンフィクションからの抜粋である。
著者、大野更紗は大学院で勉強していたが、ある日、筋膜炎脂肪織炎症候群という難病にかかった。自己免疫の疾患からくる病気で治療法はない。日々、30錠の薬を飲み、麻酔なしで筋肉を切開され、熱、倦怠感に悩まされる。病状はいまも変わらないようで、彼女は寝たり起きたりの生活を続けている。
彼女は入院していた時期、夜になるたびに、こう思ったという。
夜の暗闇が怖いわけではなかった。朝の光のほうが、ずっと怖かった。朝、病室の窓のカーテン越しに陽がさしてくると、また、苦痛に満ちた1日が、はじまる。その絶望感と不安で、全身が硬直した。
暗闇が怖いのが一般の人の感情だ。しかし、毎日、苦痛にさいなまれる患者の場合は夜よりも、際限ない痛みが襲いかかる昼間のほうが怖いのだ。
彼女の本は読む人を哀しみの気配のなかに立ち止まらせる。悲劇は大げさに表現するよりも、抑制して書いたほうが人の心に届く。