「最強の水上部隊」と称された栗田艦隊

スマトラ島のリンガ泊地に集結していた第一遊撃部隊は、まずボルネオ島のブルネイ泊地に前進。その後のレイテ湾までの航路は、主隊(第一部隊と第二部隊から成る)と支隊に分かれることになった。栗田中将が指揮する主隊が北の航路、西村祥治中将率いる支隊が南の航路を進み、10月25日の黎明れいめいを期して、協同してレイテ湾に突入する作戦である。

一方、ウィリアム・ハルゼー提督率いる第三艦隊は、無線の傍受など、緻密な情報収集を重ねながら、日本側の動静を探っていた。

同月22日の午前8時、「栗田艦隊」と称された主隊が、いよいよ抜錨ばつびょうして出撃。総勢32隻の大艦隊が北東に進んだ。「妙高」もこれに含まれていたが、この主隊は「大東亜戦争における最強の水上部隊」とも称され、多くの戦記物には「将兵たちは皆、決死の覚悟だった」といった旨が記される。