「自由化」をいかし保険料を半額に

1948年4月、三重県の美杉村(現・津市)で生まれる。奈良県との県境に近い山間地で、きれいな清流が流れていた。父は教員。弟が1人いた。小学校に入る前、父の勤務先がある伊賀上野へ移る。県立高校から京都大学の法学部へ進む。72年4月、日本生命に入社し、京都支社に配属される。2年間いたが、大学時代の下宿からそのまま通う。

3年目から5年間、大阪本社の企画部にいた。予算や社内規定をつくり、常務会の世話をする部署で、会社のことを隅々まで知らないといけない。でも、普段は暇だった。最初の夏、課長に「夏休みの宿題をやろう」と言われた。全社の事業費を計算しろ、という。「事業費って、もう集計した数字があるじゃないですか」と言うと、「ばか、違うよ。全部を積み上げてみてくれ。例えば、セールス部隊の経費は何百億円となっているが、その経費を1つずつ、積み上げてみろ」と指示された。

なぜそんなことをするのか、意味がわからないまま、ともかく教わりながら、セールスは何人いて、1年間にどのくらい辞めて、どのくらい入ってきて、1人にいくら払い、契約を取ったらどんな手当を払っているかという具合に積み重ねていく。そのうちに、いろいろな社内規定も読まなければ計算できない、とわかる。規程を読みながらやり終えるまでに、ひと月ほどかかった。でも、これをやれば、必然的に、営業の仕組みや実情がわかっていく。

そんな具合に、2、3年、鍛えられた。会社のことがよくわかっていなければ、時代の変化に対応していくための「見微知萌」も難しい。課長の鍛え方から、多くを学んだ。