「定型文は守ってもいいと思います。でも、僕自身は『前略』とか『酷暑のみぎり』という表現は使いません。要は、礼状の形式を自分の言葉で書くことが大事なんです」
言葉のプロフェッショナル、三木卓氏が礼状を書くときに心がけていることである。したがって、
「季節の挨拶はまずしません。いきなり、お礼の言葉から入ります。でも、『ありがとうございました』しかない文章はつまらない。だから、それではないサムシングを付けるということを考えます。そこにはパーソナルな要素が入らなければいけない。その人と自分との間にしかないようなつながりが、どこかで出ることが大事だと思います」
たとえば、こんなふうに――。
「先日は掲載誌をたくさん送ってくださりありがとう。(中略)このカメラマン、腕がとてもいいですね。貴重な写真、わが人生の晩期を飾るスゴイ写真として大切に所持いたします。『プレジデント』は手間がタイヘンな雑誌と思うので、がんばって、がんばりすぎないようにがんばってください。本当にキョーシュク」
某年某月、三木氏から編集部に送られてきたハガキである。ふんわりとしたユーモアが心に響く。
しかし、誰に対してもユーモアを使えばいいというわけではない。三木氏によれば、それは「相手しだい」。
ココイチ創業者の宗次氏の場合、クラシックの演奏家や観客などへひんぱんに絵ハガキの礼状を出しているが、
「くだけた表現は使いません。手紙でユーモアを伝えるような相手というのは、本当に限られると思いますから」
ただ、宗次氏は「早起きして全部のハガキを手書きしている」という。手書きの礼状はそれだけでも印象的だ。もらった人が感激し、次回コンサートホールへ来るときにわざわざ持参することもあるという。
当たり前のことだが、無理をしてまで文面に「笑い」を含ませることはないのである。
1948年生まれ。生後すぐに孤児院へ預けられ、宗次家の養子に。愛知県立小牧高校卒業後、大和ハウス入社。その後独立し、78年カレーハウスCoCo壱番屋創業。98年会長、2002年より現職。07年クラシック専門の宗次ホール設立、代表に就任。著書は『日本一の変人経営者』ほか。
詩人、作家 三木 卓
1935年生まれ。幼年期を満州(中国東北部)で過ごす。59年早稲田大学文学部露文科卒。71年『わがキディ・ランド』で高見順賞、73年に『鶸(ひわ)』で芥川賞、97年『路地』で谷崎潤一郎賞など受賞歴多数。99年紫綬褒章、2011年旭日中綬章を受章。児童文学も多く手がける。