営業最高時速320キロメートルを実現させた新幹線は、世界的に高い信頼と評価を得てきた。本書は日本の高度な鉄道技術を通して、最先端のテクノロジーの本質をわかりやすく伝えてくれる。昨今の鉄道をめぐる経済性・安全性・快適性という3つの高度な要求に、わが国の理系頭脳はどう応えたのだろうか。

著者は東大工学部を卒業後に日本国有鉄道へ入社したエンジニアで、日本の鉄道技術を支えてきた第一人者だ。現在は世界中で鉄道コンサルティングを行いながら月刊「鉄道ジャーナル」に連載を持つ才人でもある。本書に見られる明快な筆の運びは、評者のような鉄道の素人にもその魅力を存分に伝えてくれる。

鉄道の技術は、地震や台風などの自然災害とヒューマンエラー両方との戦いの場にある。折しも今年から10年をかけて、新幹線を走らせながら高架橋の補強工事などが始まった。たとえば、第3章「安全性を支える技術」では、揺れる大地を疾走する高速鉄道を守る「ユレダス」の解説がある。地震は通常大きな揺れの前にP波と呼ばれる小さな揺れが観測される。そのP波を検知してから大きな揺れがくるまで何ができるかが勝負なのだ。

「一刻も早く列車を止める方法としてまず考えられるのは、変電所の電源を停止するやり方である。電力供給がなくなれば、列車のATCは即時に非常ブレーキ指令を出す」(206ページ)。

この早期地震検知・警報システムが働くのは、P波を感知してからたった3秒後なのだ。

月に何度も新幹線で京都から東京に向かう評者は、地震発生時に新幹線がロケット弾のように高架から飛び出すのではないかと心配していた。しかし本書には、脱線防止のためのメカニズムが詳しく紹介される。「車両側の工夫としては、車軸の軸箱にL型のガイドを取り付けたり、台車中央部に逸脱防止ストッパーを設けたりして、地震の揺れで列車が脱線しても、これらがレールなどに引っかかって大きくはみ出さないようにしている」(210ページ)。

東日本大震災でも東北新幹線は1人の死傷者も出さず無事に停止した。「福島・宮城・岩手県内を270km/h前後で走行中の5本の営業列車は、それぞれ大きな揺れが到達する前に、30~170km/h程度まで減速しており、脱線することなく安全に停止した」(212ページ)。

技術のミスを取り上げる報道ばかりではなく、こうした地道な成功例もきちんと伝えてほしい。「3.11」後の日本人を明るく勇気づける技術は少なからず存在するのだ。

鉄道のように我々に身近なシステムで「縁の下の力持ち」となっている技術を知ることは、とても大切ではないかと思う。ここには世界標準の競争力が健在で、日本の底力を知ることにもなるからである。1000年ぶりの地震活動期に入った日本列島で、試行錯誤の結果確かな実績を出してきた高度な技術力を感じていただきたい。

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