災害は「生き延びて終わり」ではない
地震発生の翌日に最大610万人が避難所へ。1週間後には、避難所以外に身を寄せる人も含め、避難者は最大1230万人に上る。避難所避難者や断水世帯を中心に水や食料の膨大な需要が発生、家庭内備蓄・公的備蓄・応急給水だけでは間に合わず、発災1週間で食料最大9160万食、飲料水最大1億4080万リットルの不足が見込まれる。さらに、道路の渋滞や寸断で物流も滞り、買い占めなどの問題も想定される――。
政府の「南海トラフ巨大地震対策検討ワーキンググループ」は、近い将来に高い確率で発生が予想される南海トラフ地震の被害想定をおよそ12年ぶりに見直し、3月31日に公表した。
人的被害や建物被害の甚大さもさることながら、災害を生き延びた後も、深刻な「食料危機」が被災者を襲うことが見てとれる。
災害支援団体「災害救援レスキューアシスト」代表で、各地の災害現場で活動する中島武志さんはこう指摘する。
「食料問題は、災害を生き延びた被災者を襲う最も深刻な問題のひとつです。いま、被害想定通りの規模で南海トラフ地震や首都直下地震が起きれば、餓死者が出かねないと懸念しています」
避難所に断られ「9日間何も食べてない」
中島さんは、東日本大震災で見た光景が今も忘れられないと話す。
2011年3月20日、中島さんは宮城県石巻市にいた。避難所などを回り被害状況の調査をしていると、ある男性から声をかけられた。
「9日間、何も食べていないんです。何か、食べるものはありませんか」
男性は高齢の母親と2人暮らし。発災直後に避難所に入ったものの、母親が認知症で自分の便を壁に塗ってしまい、追い出されたという。その後、食料だけでもわけてもらえないかと避難所に何度か足を運んだが、断られた。
中島さんが昼食用に持っていたカロリーメイトやインスタントラーメンを渡すと、男性は号泣した。
「地震のあと、初めて人に助けてもらった。みんなみんな人でなしだった。本当にありがとう、本当にありがとう。これ、ばばぁに食べさせたら元気になっぺ」
発災からの9日間、この地区に食料の支援がまったくなかったわけではない。
避難所には何度かパンやおにぎりが届いたし、近くの県営住宅にも支援物資が届いていた。しかし、いずれも受け取りが避難者や住民に制限されていたという。
男性のように一度入った避難所を追い出されるケースは多くはないが、障害やペット連れを理由に受け入れを断られたり、赤ちゃんの夜泣きなどを懸念して避難所入りをためらったりする人もいる。災害救助法の事務取扱要領では、在宅避難者にも食事の提供が必要であることが明記されている。しかし、実際には発災直後から充分な量の食事が届くことはまれで、在宅避難者を中心に食料を受け取れない被災者はしばしば発生する。