「9日間はレアケース」で片づけてはいけない

食料支援自体がなかなか届かないケースもある。

2024年1月1日、正月の団欒を襲った能登半島地震の際、中島さんは真っ先に半島最先端に位置する珠洲市折戸地区に入り、支援活動を行った。中島さんが拠点を置いた自主避難所は、最大で避難者約250人。近隣にはほかにも自主避難所が多数あった。ただ、この地区にはなかなか公的な支援が届かなかった。自衛隊からパンやカップ麺が届けられたのが発災8日目ころ、行政からの支援が届いたのは14日目ころだったという。

能登半島地震では多くの家屋が倒壊した。在宅避難が難しい場合、避難所で生活を続けるか、安全な親戚・知人宅への避難や遠隔地への避難を検討することになる
筆者撮影
能登半島地震では多くの家屋が倒壊した。在宅避難が難しい場合、避難所で生活を続けるか、安全な親戚・知人宅への避難や遠隔地への避難を検討することになる

「ちょうどお正月だったので、最初の2~3日は被災した家からお正月料理を持ち寄り、その後は地区の備蓄やわずかに届いた民間の支援で何とか食いつないでいました。大規模な災害が起きると、行政機能が麻痺してどこにどれだけの物資が必要かの現状確認が滞り、物資を調達して配送するロジも混乱します。道路状況によって物流にも影響がでる。食料が必要量届くようになるには、かなりの日数が必要です」(中島さん)