日本赤軍から解放されて韓国の金浦空港の土を靴底で踏んだとき、「これからの人生は与えられたものだ。誰かのために使うべきだ」と感じたという。聖路加国際病院理事長 日野原重明さんが当時を振り返る――。
聖路加国際病院理事長 
日野原重明氏

私は11年10月で100歳を迎えました。これだけ長生きしていますと、人生には予期しない事件も起きます。1970年3月31日、日航機「よど号」のハイジャック事件に巻き込まれました。

あの日は、学会に出席するため羽田から福岡に向かっていました。飛行機が富士山頂に差しかかる頃、9人の若者が突然立ち上がり、日本刀を抜いたリーダーらしき人物が「我々日本赤軍は、この機をハイジャックした。これから北朝鮮の平壌に行く!」と叫んだのです。

(構成=岡村繁雄 撮影=向井 渉)
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