「円滑な労働移動」というまやかし
人が豊かさを得るための方法は2つある。1つは本人が獲得する報酬を引き上げることだ。もう1つの方法は、周りの報酬を引き下げることだ。
低所得の非正社員を爆発的に増やしたのは、2001年に発足した小泉政権の政策によるものだが、じつはその源流は1990年代から存在したと私は感じている。
1980年代までは政府は、不況が来ても、雇用調整助成金などを使って従業員をクビにしないよう企業に働きかけていた。
しかし、1990年代以降、「円滑な労働移動」という理念が政府に急速に広がっていった。
企業に従業員を抱え込んでもらうより、成長産業に移動してもらったほうが、企業にとっても、従業員にとってもメリットが得られるという思想だ。
じつは、この考えは岸田政権になってからも変わらなかったし、岸田政権の政策を踏襲する石破政権でも受け継がれている。
非正規を増やす「リスキリング」という甘言
労働者は低付加価値の産業から、成長性が高く高付加価値を生み出す新産業に移動すべきで、そのために政府は「リスキリング」を推進するというのだ。
しかし、ふつうの中高年サラリーマンが職業訓練を受けたところで、彼らが人工知能のエンジニアになれないことなど、自明のことだ。
結局、甘い言葉に乗って会社を辞めた中高年は、生活のために非正社員として低賃金労働に勤しむことになる。1989年の非正規比率は約20%だったが、近年は40%近くと、倍増している。非正社員の時給は、正社員の半分だ。「リスキリング」の甘言に乗せられて労働移動に挑んだ中高年労働者はそうした罠に陥るのだ。一方で、公務員は何が起きても、従前の処遇が守られる。
意図したわけではないだろうが、ふつうのサラリーマンの働き方が見えていないエリート官僚のズレた政策により、国民はとんだとばっちりを受けたことになるのだ。