新興国とビジネスを始める場合、相手の与信がどうだとか、買うお金があるのかと気になりますよね。そうではなく、まず貧困層が自ら工夫して仕事をつくり、自立できる仕組みが必要で、慈善事業や社会的責任活動でなく、大企業と貧困層を結びつける、そのための新しい創造的なアプローチを工夫して解決に至る手法。そこに企業も関わっていく必要があります。この本の影響を受けて、ユニリーバやP&GなどがBOPビジネスを実践しています。

その基になる論文が発表されたのは2004年ですから、その段階ですでに欧米のグローバル企業は“実践期”に入っていたことになる。日本企業も、相手国の国民の自立を前提とした仕事をすることを使命にして、新興国のビジネス推進を図っていくべきでしょう。

最近、新興国に限らず、日本企業に対する期待が非常に高い。相手国からすると、日本企業と組むのは安心なのです。決裁が遅いという声もありますが、いったん契約した後のパフォーマンスは日本企業がベストです。その部分は、日本人が海外で仕事をする際の「自信の拠りどころ」になるはずです。

新興国は、札束で頬を叩きながらイニシアチブを取ろうとする相手を全面的には信頼しません。ですから、資源国も自分のところの権益は残し、そのうちの何割かを相手に買ってもらってパートナーシップを組もうとします。搾取ではなく、われわれもそれに応えてその国と一緒に産業を育てていく。そのベースにある信頼感が、欧米諸国とは違う日本人の強みであり、日本企業に期待されていることだと思います。

副社長をしていた頃、中東に商談に行ったとき、映画「アラビアのロレンス」に出てくるような眼光鋭いワシ鼻の長老に、こう驚かされました。

「約束を守らなかったら喉を切るぞ」。恐ろしいことを言いますけど、相手が求めているのは“信頼”“安心”で、それはこちらとしてもウェルカムでした。「心配はいらない。日本人は約束を守らないことを恥とする。日本には約束を違えれば腹を切る習慣もある」と伝えたら、すぐに仲良くなって長老自らブドウを剥いてくれました。

信頼や倫理観といった日本企業の競争優位の原点をたどると、私は『武士道』、『茶の本』(岡倉天心著、岩波文庫)にいきつくと考えています。近代になり、もともと日本人の良さはどこにあったのかを見つめて書かれたのがこれらの本ですが、当時の日本人は、これらの本に象徴される義、勇、礼などの精神を持って海外雄飛していました。