好きなことは言いやすい
さて、このシーンを見てみましょう。加害者のやりとりのたくみな要素は、2つに分解できます。
まず1つ目は、「好きなこと教えてよ」という最初の問いかけにあると言えます。普段から、たとえば学校でクラス替えがあって、最初に自己紹介をするときに、好きなアイドルとか音楽とかアニメについて話したりしませんか? あるいは推しとか趣味、ハマっていることを紹介するなど。いずれも、自分が好きだと思うこと、という点で共通していますよね。
もちろん、きらいなことについて触れる場合もあるかもしれませんが、最初から、きらいなアイドルや音楽、趣味にしたくないものについてばかり話すということはあまりないでしょう。
もし、きらいなものについて話したとき、それが聞いている相手の好きなものだったとしたら、相手の気分を害してしまう可能性もあります。
つまり人は、自分の好きな物事について他人に話すのは、比較的たやすいのです。何を好きであろうが、それは個人の自由ですし、少なくとも、それを聞いている相手に不快な思いをさせないということもあるでしょう。
一方で、好きなことは自分だけの秘密にしていて、他人には言いにくいと感じる人もいるかもしれません。ただ、その場合でも、代わりに好きと言いやすい別の何かを伝えることはできます。何より、好きなことについて人からたずねられて、いやな気持ちになる人はほとんどいないでしょう。
そう考えると、会話の最初に好きなことをたずねるのは、その後のやりとりをスムーズに進めやすくします。そこが、たくみだと言う理由です。
態度が似ている相手には魅力を感じる
もう1つの要素は、類似性です。
みなさんも、普段の友人とのやりとりを思い返してみてください。自分の好きなことが、話している相手といっしょだったりすると盛り上がりますよね。私が普段、いっしょに学んでいる大学生たちもそうです。
初回の授業で、グループ・ディスカッションの準備段階として、互いに自己紹介をするようにうながすことがあります。このときの会話を聞いていても、「音楽だとK-POPが好きです」「K-POPのだれですか?」「○○です」「えー! 私も!」というやりとりは頻繁に聞かれます。こうなるとその2人は、授業の後もK-POPについて話を続けています。
こうした「類似性」というのは、他人に与える印象を左右する要素の1つです。人は類似性を持っている相手に、より好意を抱きやすくなる、ということが心理学でも指摘されています。